2020年09月03日

揖斐高原スキー場(日坂ゲレンデ)[岐阜県揖斐川町]

揖斐高原スキー場は、すでに廃止された貝月・坂内と日坂の3つのゲレンデから構成されていた。貝月・坂内については本ブログでも過去にレポートしている。そして、残る日坂ゲレンデもついに営業を取りやめることになった。岐阜新聞(7月16日)によると「岐阜県揖斐郡揖斐川町は、同町日坂の揖斐高原スキー場の営業を昨シーズン限りで終了させ、スキー場運営から撤退する方針を固めた。今後は降雪に左右されない活用方法を検討していく」と報じられている。

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(左)日坂第1ペアリフトからゲレンデを見上げる(*)。(右)日坂ゲレンデの案内板(*)。

「昨シーズンは、雪不足のため1日も営業できず、2018年度も3日しか営業できなかった。町は深刻な雪不足とスキー人口の減少で、かつてのような収益は見込めないと判断し、運営から撤退する方針を固めた。(中略)今後は、トレイルランのコース整備などを検討。自然を生かして、1年を通して安定的に活用できる方法を模索していく」とのこと。

1963年に開設。人工降雪機を使わない天然雪のスキー場だっので、やはりこれだけ積雪が減っては営業日数の確保が難しいだろう。「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」の「揖斐高原」の項には「貝月山の北斜面に日坂・貝月・坂内のゲレンデ。積雪は豊富でパウダースノー。R303沿線にありマイカー利用に便利。ナイター21時45分まで」と掲載されている。

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(左)貝月・日坂ゲレンデ入口の案内板(*)。(右)貝月・日坂・坂内の全体ゲレンデマップ(**)。

最盛期には貝月(ペア1・シングル1)日坂(ペア2)坂内(ペア1・シングル1)あわせて6基のリフトをもち、相当な規模を持っていた。坂内はやや奥まった位置にあり、やや独立した雰囲気があった。一方、貝月・日坂の両ゲレンデは栃の実荘を挟むように位置していたが、手前にある貝月ゲレンデの方が一足先に営業休止となっていた。

もともと周囲にはコテージやバンガローを備えたキャンプ場もあり、いまや営業日数が見込めないスキーに重きを置くメリットはないだろう。今回はさまざまな事情から現地に行くことが困難ではあるが、以前、貝月ゲレンデ訪問時に見た感じでは、日坂ゲレンデも初中級者向けの快適そうな斜面が広がっていた。身近なスキー場が次々と姿を消していくのは寂しい。

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(左)栃の実荘の左に広がっていた貝月ゲレンデ(*)。(右)坂内ゲレンデ(**)。

(*)=2012年6月 (**)=2011年4月

こちらもご覧ください → 揖斐高原スキー場・坂内ゲレンデ
             揖斐高原スキー場・貝月ゲレンデ
             

2020年08月01日

六呂師高原スキー場[再開・その2](福井県大野市)

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(左)アクセス道への分岐にある案内板。(右)広い駐車場から、右に温泉施設とホテル、左にヒュッテ。

六呂師高原スキー場は、2013年12月に経営する事業組合が福井地裁に自己破産を申請。スキー場・ホテル・温泉施設などが事業停止に追い込まれた。最盛期にはリフト3基を擁し、来場者は約13万人にのぼっていたが、後発のスキー場との競争や設備の老朽化などにより来場者数は激減していた。

80年近い歴史に幕を下ろしたかに見えたが、2016年12月に簡易リフト(Tバー)2基を設置して、スキー体験施設として再開することが報じられた。ゲレンデ下の温泉施設「うらら館」も営業再開。限定的な形ではあるものの、グラススキーも可能な通年型スポーツ施設になるという。いつか再訪しなければならないと思っていたが、雁が原への訪問と合わせて、訪れてみた。

大野市街の北東の山麓に車を走らせると、曲がり角には「六呂師スキー場」を示す案内板が健在。ゲレンデ下へのアクセス道をたどると、草地の高原が広がっている。前回は天気が悪くて気が付かなかったが、周囲には牧場もあり、広々とした景観が気持ちよい。ゲレンデ下の温泉施設やホテルやヒュッテの建物も残っている。しかし、リフト施設はすべて撤去されている。脇のコンクリート階段はリフト施設の痕跡だろうか。

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(左)人工マットが敷かれたゲレンデ。(右)少し上がった牧場からゲレンデ下を見おろす。

梅雨空が爽やかな高原を覆っている。広い駐車場から斜面を見上げると、人工マットが敷かれたゲレンデが見えた。長さは300mほどだろうか。右側には簡易(Tバー)リフトが設置されている。冬期も設置される簡易リフトの長さは同じだから、冬期のゲレンデもこの範囲なのだろう。

以前のゲレンデ面積を考えると少々寂しいけれど、客層や収支を考えるとこの程度の規模が適切と判断されたのだろう。現在のスキー人口などを考えると、こうした形態はやむを得ない選択なのだろうと思った。「通年型」といっても、平日なので人影や車もほとんど見られなかった。(現地訪問:2020年7月)

こちらもご覧ください → 六呂師高原スキー場[再開]

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2020年07月10日

雁が原スキー場(福井県勝山市)

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(左)国道沿いの案内板。(右)ゲレンデ下部の駐車場付近からリフト乗場を見る。

本年2月、雁が原スキー場の経営主体が福井地裁に自己破産を申請したことが報じられた。2020シーズンは暖冬による雪不足でスキー場をオープンできず、事業継続を断念したもの。社長は「続けたいが温暖化が続く中での運営は厳しく、苦渋の決断。スキー場がなくなるのは寂しい」とコメントした。

1956年にオープン。福井県内のスキー場としては六呂師高原スキー場とともに草分け的な存在。ピークの1996年には約13万人が訪れた。2019シーズンは積雪が少なく2週間程度しか営業できず、2020シーズンも福井県内の小学校40校以上からスキー教室の予約も入っていたが、積雪が見込めず営業を断念していた。

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(左)ゲレンデ下のリフト乗場。右にクワッド、左にパラリフト。(右)ゲレンデ下部のロッヂ。

「オールスキー場完全ガイド2000」(立風書房)には以下のように紹介されている。「加越国境に連なる法恩寺山の長大な裾野に開かれ、斜度10~21度のゆるやかな斜度の続くゲレンデはすべて初中級向きで、家族連れには喜ばれている。下から第1ゲレンデ、第2ゲレンデ、ベース地点から見えない第3ゲレンデに分けられる。宿泊には勝山市か福井市を利用するシティゲレンデ。日帰りが中心で、ナイターがにぎわう」

勝山市中心街から車でほんの数分。裏山のような場所にある。国道157号から右折する場所にある「雁が原スキー場」の案内板はそのまま。アクセス道路を数百メールで、もうゲレンデ下部に至る。広大な駐車場が用意され、正面にリフト乗場、左手に雁が原ロッヂの建物。リフトの支柱は真新しく、最近整備されたように見える。リフト乗場左側には3本ほどのコースがあり、意外に規模が大きかったことを思い知らされた。

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(左)ゲレンデ中間部から下部を見おろす。リフトの支柱が並んでいる。(右)上部のゲレンデ。第3リフトは撤去済。

一方、ゲレンデ脇から中間部に入ってみると、クワッドリフトやシングルリフトの支柱がそのまま立っている。リフトはいずれも搬器をはずされた状態。上部に向けてゲレンデ跡があるけれど、そこにあった第3リフトはずいぶん前に撤去されらしく見当たらない。眼下には勝山の盆地に恐竜博物館の建物が浮かんでいるように見えた。

ゲレンデの標高は220~420mで、温暖化が進む現在は積雪が厳しいだろう。全盛期にはリフト5本(クワッド1本、シングル4本。上部の第3リフトはその後廃止)、最長滑走距離1,500mの規模を誇りコースは5本あり、ナイター施設も備えていた。最大斜度21度で初中級者向けであり、キッズ専用のソリゲレンデも併設しファミリー層を中心に利用者を獲得していた。しかし、近年はスキー人口の減少や少子化の影響で客足は鈍化していた。

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(左)恐竜博物館付近から。右手に雁が原のリフト上部。左奥はジャム勝のゲレンデ。標高の違いは明らか。

夏季は駐車場をモータースポーツ場「ジムカーナ」とするほか、ドローンの講習場として活用。老朽化した設備の修繕も実施したが、営業を断念する事態となった。この先にはスキージャム勝山があり、客層は少し違うだろうが、積雪も多く規模も大きいジャム勝に人気を奪われていたのかもしれない。地域住民に親しまれたスキー場が、またひとつ姿を消すことになった。(2020年7月)
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2020年06月13日

飯綱高原スキー場(長野市)(その3)ほか

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(左)第1クワッド下。(右)第2ペア下。

本年2月で歴史に幕を下ろした飯綱高原スキー場。その後、どんな様子なのだろうと思って飯綱高原まで車を走らせる。いずれスキー場施設を撤去して自然に戻すという話だったと記憶しているので、何らかの動きが始まっているのかと気になっていた。この季節にこのゲレンデをしげしげと眺めたことはなかった。深い緑に覆われたゲレンデは、冬の姿とはやや違っていて違和感がある。

ゲレ食が何軒か並ぶ第1クワッド・第2ペアの下、それからハイランドホールのある第3リフトの下、さらに無料休憩所のある第4リフトの下、それぞれのゲレンデ下から見上げた限りでは、まだ施設撤去の動きは始まっていないように思う。ハイランドホールの脇には何台か車が止まっていたので、何らかの準備が始まっているのかもしれない。

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(左)第3ペア下の駐車場。ハイランドホール。(右)第4ペア下。

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「追憶のゲレンデ」のレポートになかなか出かけられないが、次シーズンに向けての営業が危惧されるスキー場(関東甲信越・北陸濃飛)を調べてみると、以下の通り。例によって個人的に調べた限りなので、漏れや間違いはあるかもしれない。

・朝日プライムスキー場(長野県) 指定管理者が撤退。新指定管理者を探しながら、存廃を検討中。 
・胎内スキー場(新潟県) 次シーズン営業休止。ただし、クラウドファンディングで営業可能となるかも。
・あわすのスキー場(富山県) 運営するNPO法人が解散の可能性。
・雁ヶ原スキー場(福井県) 破産申請。
・今庄365スキー場(福井県) 運営会社が撤退。町がいったん引き継ぎ、運営会社を探す。
・チャオ御岳マウンテンリゾート(岐阜県) 2シーズン連続で営業なし。
・ひだ流葉スキー場(岐阜県) 運営会社が撤退。
・モンデウス飛騨位山スノーパーク/飛騨舟山スノーリゾートアルコピア(岐阜県) 高山市が2箇所のいずれかを廃止する方針。
・白川郷平瀬温泉 白弓スキー場(岐阜県) 白川村は2020年めどに閉鎖する方針。
・スノーヴァ溝の口(神奈川県) 3月末閉鎖。





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2020年04月20日

1日も営業できなかったスキー場

ここに来て意外と気温が低い日が続き、標高の高いところではまだ滑走可能な状況にあるのだけれど、新型コロナ・ウィルスの緊急事態宣言により営業を終了したスキー場が多い。私自身も自重しているので、廃スキー場のレポートも難しい状況である。そこで、今回は今冬に1日も営業できなかったスキー場をリストアップしてみたいと思う。

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 (左)わかぶな高原スキー場(2015年3月訪問時)。(右)胎内スキー場(2014年12月訪問時)。

コロナ以前のことを忘れてしまいそうだが、そもそも今冬は記録的な暖冬で積雪が極端に少なかった。そこへコロナの影響が重なり、1日も営業できなかったスキー場もあらわれ、一部は新聞・ニュース報道などでも話題になった。

関東信越・北陸岐阜というエリア限定だが、私が調べた範囲で「今シーズン1日も営業できなかったスキー場」を以下に掲げたいと思う。誤りがあればご指摘をお願いしたい。なお、積雪不足以外の要因で営業休止となったものは除外した。また、ここではキッズパークだけの営業は営業として考えていないので、ご了承いただきたい。

今シーズン1日も営業できなかったスキー場

[新潟県]
村上市ぶどうスキー場
わかぶな高原スキー場
胎内スキー場[来シーズン休止]
三川・温泉スキー場
長岡市営スキー場
国営越後丘陵公園
とちおファミリースキー場
高柳ガルルのスキー場
金谷山スキー場
糸魚川シーサイドバレースキー場

[富山県]
となみ夢の平スキー場

[石川県]
七尾コロサスキー場
大倉岳高原スキー場
医王山スキー場

[福井県]
九頭竜スキー場
雁が原スキー場[破産]
新保ファミリースキー場

[岐阜県]
白弓スキー場
荘川高原スキー場
飛騨かわいスキー場
アウトドアイン母袋スキー場
揖斐高原スキー場
国見岳スキー場

[栃木県]
那須温泉ファミリースキー場

エリアとしては日本海側の新潟・北陸のスキー場が目立つ。特に悲惨なのは新潟県下越地方ではないだろうか。あくまでも印象にすぎないが、標高のあまり高くないスキー場が多いような気がする。かつては日本海側は平地であっても豪雪地帯であり、町の裏山程度の場所でも十分すぎる積雪があったのだが。

営業日数が少なくなれば、スキー場としての存続も危ぶまれる。新型コロナ・ウィルスがいつ収束に向かうのか予断を許さないが、温暖化による雪不足によりスキー場というもの自体が今後どうなるのかも懸念される。

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(左)三川・温泉スキー場(2014年12月訪問時)。(右)糸魚川シーサイドバレースキー場(2005年3月訪問時)。
posted by 急行野沢 at 23:54| Comment(9) | 東京周辺 その他 | 更新情報をチェックする

2020年03月29日

飯綱高原スキー場(その2)(長野市)

前回に続いて、飯綱高原スキー場について。

スキー場の歴史については、詳しくハイランドホール内に掲示されていた(写真)。1965(昭和40)年12月に第1リフト(シングル)ができて営業開始。その後、第2・第3とリフトが増設されていった。私は小学校時代に何回か訪れたはずだが、最も印象に残っているのは中学校時代(昭和40年代後半)。当時、中学の同級生とスキー同好会を結成していて、その仲間で何回も滑りに来た。

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ハイランドホールに掲示されていた「飯綱高原スキー場50年のあゆみ」

当時、「飯綱高原スキー場だけは保護者同伴でなくても可」というルールがあり(私の中学校だけのルールか、長野市全体のものかは不明)、日曜日の朝、同級生と長野バスターミナルで待ち合わせて、バスに乗り日帰りスキーに出かけた。滑ったのはもっぱらまだシングルだった第1リフト沿い。現在のB・Cコースだった。まだ第4・5リフトはなかったと思う。

最近でも滑るのはやはりBコースが中心になることが多い。よくできたコースだと思う。バブル期を経てリフトも最大7基に増え、クワッド・ペアへと輸送力も増強された。リフト券が安いことも魅力で、長野市民にはさらに格安となるクーポンなどが配布されていた。

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(左)第1クワッド上部。(以下の写真は営業時のもの)(右)第1Q上部からのBコース。

数年前に自動改札ステムが導入されたが、4時間券は1日の中で1時間ごとに分けて使えるという便利なものだった。他のスキー場でこうしたシステムは見たことがない。洒落たレストランなども少なく、むしろ無料休憩所がいくつも設置されていて、持参した昼食を食べている長野市民も多かった。私も昼食を食べに家に帰り、午後再び滑りに来たこともあるほど。

長野五輪で里谷多英が金メダルを獲得したことが、このスキー場の輝かしい歴史のひとつといっていいかもしれない。その「里谷多英コース」を売りにしようとしていた節があるけれど、このスキー場の客層と里谷多英コースはいまひとつ合致していなかったのではないかと思っている。そのコースは人気のある第1クワッド沿いから一番離れたスキー場奥(北東側)にあった。

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(左)Cコース。(右)Fコース。

その後の積雪の状態を見るともう少し営業できたのではないかと思ってしまうが、もう、閉鎖が決まっている以上、無理をすることもないという判断もあったのだろう。私個人にとって最も多く足を運んだスキー場であり、思い出は尽きない。もうこのゲレンデで滑れないというのが、現実のものとは感じられていない。(現地訪問:2020年2月)

こちらもご覧ください → 「飯綱高原スキー場(その1)」
                「飯綱高原スキー場[ラストシーズン2]」
                「飯綱高原スキー場[ラストシーズン]」
                ラストシーズンの滑走記録
posted by 急行野沢 at 09:00| Comment(2) | 信越沿線 営業休止のスキー場 | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

飯綱高原スキー場(その1)(長野市)

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(左)営業終了後、第1駐車場からゲレンデを見上げる。(右)休止後のゲレンデはソリ遊びの場になっていた。

2月16日をもって飯綱高原スキー場の歴史に幕がおろされた。ホームページには2月18日付で「令和2年2月16日で今シーズンの営業終了および完全閉鎖となりました。昭和40年12月から営業が開始され、延べで5,100,839人の方にご利用いただきました。多くの皆様にご愛顧いただきありがとうございました」と掲示された。

「長野市が民間譲渡を検討している」と報じられたのが2018年5月。事実上無償で譲り渡すこととして譲渡先を探していたものの、公募期間内に応募するところはなくスキー場の歴史は幕をおろすこととなった。スキー場廃止後は、リフトなどを撤去して植生を復元するとしている。

飯綱高原観光施設活用検討会によると、飯綱高原全体を訪れる年間100万人前後の観光客のうち、85%は4〜10月に訪れていたという。観光戦略の重点を冬季中心から、春から秋のグリーンシーズンに転換すべきだという提言がなされていた。「地元農産物の直売や周辺の自然環境の解説、体験型観光の拠点といった機能を持たせる拠点施設を設ける」ということのようだが……。

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(左)閉鎖された第2駐車場から第3リフトを見上げる。(右)車のいない第2駐車場の向こうにハイランドホール。

いずれにしても、これだけ積雪が少なくなり、営業日数が少なくなってはスキー場として営業していくことは難しいだろう。「長野市民のスキー場」と呼ばれ、地元民からは身近なスキー場として愛されていたが。なお、地元民にとって「いいづな」といったらこのスキー場のことであり、いいづなリゾートは「リゾート」と呼ばれる。

ローカルスキー場として考えると規模が中途半端に大きく、山麓部に3ヶ所の入口(駐車場)がありリフトは5本(最盛期は7本)。コースレイアウトは少々複雑でそれが楽しくもあった。ただ、市民スキー場という役割だけで考えると、リフト2~3本程度でよかったのではないかと思う。バブル期に規模を拡大しすぎたのではないだろうか。センターハウスの役割を果たしていたハイランドホールの位置も、第1クワッドの下あたりにあればと思っていた。

最終営業日から1週間ほど経過した日にスキー場を訪れた。第2駐車場はロープが張られていたが、第1・第3駐車場には車を入れることができた。第1駐車場には数台の車があり、子ども連れがゲレンデ最下部でソリ遊びなどをしていた。リフトはもちろん停止しているが、それ以外に大きな変化はない。リフトの撤去や植生の回復がやがて行われていくのだろう。(以下、次回に続きます)(現地訪問:2020年2月)

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(左)五輪マークが誇らしげ。第4リフトの下から見上げる。

こちらもご覧ください → 「飯綱高原スキー場(その2)」
                「飯綱高原スキー場[ラストシーズン2]」
                「飯綱高原スキー場[ラストシーズン]」
                ラストシーズンの滑走記録
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2020年02月23日

峰の原高原リゾート(須坂市)[2020シーズン営業休止]

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(左)北アルプスの眺望が素晴らしい。(右)ゲレンデ手前の広い駐車場。(いずれも2019/11)

以前レポートした番所ヶ原に続き、台風19号の被害により今冬営業休止となったスキー場をもうひとつ。須坂市の峰の原高原スキー場。同スキー場のホームページでは以下のように告知されている。「峰の原高原リゾートでは、今シーズンのグランドオープンに向け、全力にて準備を進めて参りましたが、今シーズンについてはやむを得ずクローズとすることを決定させて頂きました。理由としましては、先日の台風19号によるリゾート内の被災箇所の復旧工事が、今シーズンのオープンまでに間に合わないと判断したためです。」

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(左)ゲレンデ下部のレストハウスなどの施設(2019/11)。(右)右手のブラウンライン沿いのゲレンデを見上げる(2020/2)。

「今後は、来年シーズンのグランドオープンに向け、被災箇所の整備や施設の準備などを行っていく予定です」、そして「地球環境に優しい持続可能なリゾートの運営を目指す」としている。「峰の原高原スキー場は MINENOHARA KOGEN RESORT へ生まれ変わりました」とも告げられていて、パークなども充実させる計画だったようだ。その矢先に台風被害によって、営業休止になった。

峰の原スキー場には、1990年代後半から10年ほどの間に数回滑りに出かけた。子どもが幼少の頃、託児施設をはじめファミリー向けのサービスが充実していたことが大いに助かった。すり鉢状の地形にペアリフトが3本。その割にコースバリエーションは多い。リフ1本あたり、3本ほどのコースがある。どのコースを滑っても最後はすり鉢の底に下ってくるので、ゲレンデ構成からもファミリーには最適。記憶に残っているのは晴れた日の北アルプスの展望が素晴らしかったこと。

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(左)イエローラインリフトの下から見上げる。(右)ブルーラインリフトの下から見上げる。(いずれも2020/2)

久しぶりに峰の原に立ち寄ってみる。11月に訪れたときには秋晴れ天気のもと、広い駐車場から後立山連峰の眺望が得られた。駐車場の奥に進み、ゲレンデ下から斜面を見上げてみるが、被害の状況はよくわからなかった。いくつかの施設の被害やゲレンデの土砂流出などがあったらしい。台風19号の被害ということなので、来シーズンは復活すると信じている。(現地訪問:2019年11月、2020年2月)
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2020年02月11日

飯綱高原スキー場(長野市)[ラストシーズン 2]

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今シーズンが最後の営業となる見込みの飯綱高原スキー場へ滑りに出かけた。1月に数日間だけ開業したものの、その後、雪不足で長らく休業していた。ここ数日の積雪により、全リフト稼働。この日を逃すと、もう滑る機会がなくなるかもしれないと考え、何はともあれ滑りに出かけた。その後、今後の積雪が見込めないことから2月16日が最終営業日となることが告げられた。

ラストシーズンの滑走記録は →こちらをご覧ください。

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2020年02月05日

志賀高原のリフト改廃[2020改訂版]

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(左)サンバレーのリフトも1本になってしまった。(右)志賀高原のリフト一覧表(クリックで拡大)。

1月末に久しぶりに志賀高原にスキーに出かけた。一番入口のサンバレーに車をとめて、ジャイアント・東館山・寺子屋・一の瀬経由で焼額山・奥志賀まで足を延ばし、帰路は途中、タンネ・高天原・西館山を経由してサンバレーへと戻ってきた。平日だったので人は少なく、志賀高原といえども少々心配になる。やはり日本人よりも、中国人をはじめ外国人の姿が多く感じられた。

3年前に志賀高原のリフトの休廃止についてまとめた(→こちら)が、コメントで誤りや新たな改廃についての情報もいただいた。いまさらという点も多いけれど、あらためて整理したのが右上の一覧表。今回は廃止リフト跡を丹念に訪ねたわけではないし、横手山・熊の湯方面には足を延ばしていないので、もっぱら今シーズンのゲレンデマップにもとづいて最終確認している。稼働がまれなリフトもあるが、ゲレンデマップにあるものは残している。なお、毎回のことながら誤りがあればご指摘をお願いしたい。

あらためて、前回3年前から大きく変わった点をあげると、
1)サンバレーのリフトがクワッド1本になってしまった
2)ブナ平クワッドの廃止
3)ダイヤモンドトリプルの廃止 そのかわりに連絡橋への段差にペアリフト設置
4)木戸池スキー場の廃止(別途レポート済→ 「2018年4月6日 木戸池スキー場」 )

1)サンバレー・丸池・蓮池あたりは滑っている人がずいぶん少なくなってしまった印象がある。遠来の学校スキーの生徒集団が賑わいを感じさせるくらい。サンバレーも対面側のゲレンデが廃止されて、クワッド1本とずいぶん寂しくなった。営業していないホテルも目立つ。車で高天原や一の瀬あたりまで入って、滑り始める人が多いのだろうと思う。
2)ブナ平クワッドは発哺クワッドと重複する位置にあり、そのために廃止されたのだろうか。初級者向けには便利なリフトだったと思うが。ブナ平あたりは東館山からジャイアント下への通過点になってしまったような感じを受ける。
3)ダイヤモンドトリプルの廃止も残念。一の瀬ファミリー方面に戻る前に何本か滑り込みたいときにはよく利用していた。しかし、現在となってはダイヤモンドクワッドと重複していて、残す意味はないだろう。

志賀高原のリフト・ゴンドラは、以前70本以上あったのだが40本台まで減ってしまった。これ以上リフトが減ると、ゲレンデ間の連絡も悪くなるのではないかと危惧している。

こちらもご覧ください → 志賀高原の休廃止リフト(その1)
 志賀高原の休廃止リフト(その2)
 志賀高原の休廃止リフト(その3)
 志賀高原の休廃止リフト(その4)
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