2017年10月24日

木曽駒高原スキー場(木曽駒高原新和) [その2] (木曽町)

木曽方面に出かけたついでに、来夏の登山に備えて木曽駒ケ岳の登山口を確認しておこうと思った。よく考えれば、それはちょうど木曽駒高原スキー場の跡地にあたる。同スキー場は本ブログ開始間もない頃に取り上げたものの、もう一度きちんとレポートする必要を感じていた。

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(右)ゲレンデ直前にある駐車場案内。

国道19号を塩尻方面から南下する。原野交差点を左折して木曽駒高原に入る。別荘地の中を最上部まで進めば駐車場の空きを示す案内板が登場する。その先ですぐに大きなセンターハウスの前に出る。前回はたしか存在したスタートハウスが取り壊されて、左手にコンクリート基礎が残っている。

「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」には、「中央アルプスの主峰木曽駒ケ岳の山麓に展開するスキー場。穂高連峰や御岳を間近にし、白樺に囲まれた素晴らしい景観はスキーヤーをあきさせない」と紹介されている。「早朝スキーをめざして仮眠室は人気の的。スキーヤーを満足させてくれるスキー場だ」

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(左)廃墟となりかけているセンターハウス。(右)下部からゲレンデ全体を見上げる。

当時は営業時間の長さでも知られ、平日8〜22時、土日祝6時〜、週末〜24時であった。仮眠室も週末は満席となることも多かったようだ。クワッド1基とペア5基と輸送力も充実していた。最大斜度37度、最長滑走距離1200m。2006シーズンから営業休止となっている。最後の頃はスノボ中心の集客となっていたようだ。

前回訪問時は霧が濃くてわからなかったが、センターハウスの脇に立って見上げると、放射状に広がったゲレンデ跡はなかなか大規模だったことがわかる。リフトは撤去されているが、ゲレンデに向けた巨大なスピーカーやナイター照明などは残されている。周囲の山腹は紅葉に彩られている。

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(左)ゲレンデ中腹から下部のレストハウスを見おろす。(右)ゲレンデ中腹にはレストハウスがある。

ゲレンデ右側の車道を上る。両側にはいくつもの駐車場跡があり、往時の賑わいを感じさせる。2件のペンションの脇を過ぎれば、ゲレンデ中腹のレストハウスの脇に至る。前方右手はクワッドリフト上部があった方向だろう。その先には木曽駒ケ岳方面の稜線が雲に覆われている。

中京方面のスキーヤーに長年親しまれたゲレンデだったと思うが、東海北陸道の開通により奥美濃方面に中心が移ってしまったのだろうか。中津川ICから72kmというのは、現在の感覚ではちょっと遠い。木曽方面のスキー場の経営状況は予断を許さないところもいくつかあると聞く。(現地訪問:2017年10月)

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(左)ゲレンデ中腹から上部を見上げる。(右)クワッドリフト上部方向。前方は甲斐駒ケ岳方面。

こちらもご覧ください → 木曽駒高原スキー場[その1]
posted by 急行野沢 at 20:18| Comment(1) | 信越沿線 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

高尾原スキー場(広島県庄原市)

芸備線の備後落合行・単行気動車を、終点目前の道後山駅で下車したのは私ひとりだった。秘境駅とも呼ばれるため、どんな山中かと思っていたけれど、周囲を見渡すと数軒の民家もあり少々安堵する。中国山地の穏やかな山並みがどこまでも続いている。

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(左)芸備線・道後山駅で下車。単行気動車が一日3往復停車するのみ。

かつては急行列車も走っていたが、現在この区間を走る列車は一日3往復のみ。列車が去ってしまうと物音ひとつしなくなる。山陽方面に所用で出かけた機会に、この道後山駅前にあったという高尾原スキー場の跡を訪れようとやってきた。現在は片面ホームだけの棒線駅だが、以前は交換駅であり、対面式ホームの痕跡が認められる。駅舎側から線路を挟んだ西側に、スキー場とわかる斜面が広がっているのが見て取れた。

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(左)ホームからゲレンデ跡を見る。快適そうに滑れそうな斜度に見える。道路工事が進められていて、重機などが周辺には置かれていた。(右)無人の改札ラッチから、一段高いホームの向こうにゲレンデ跡が見える。

建て付けの悪い扉を開け閉めして駅舎内に入ると、高尾原スキー場があったころの写真も掲示されている。駅舎を出て左へ、踏切を渡ってゲレンデ下まで行ってみる。斜面下は道路工事が進められている。休日のため作業はおこなわれていないが、周辺にはいくつも重機が置かれている。ゲレンデ跡にも「立入禁止」の標識がある。

数年前までゲレンデ下にあったというスキーハウスは解体され、その場所には材木が置かれたり、また道路拡張に使われているようだ。また、切符売場の小屋も残っていたようだが、その痕跡もわからないほど。もう少し早く訪問したかったと後悔する。

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(左)周辺は道路工事が進められていて、ゲレンデ斜面も立入禁止。(右)ゲレンデ下から道後山駅を見おろす。

見上げる東向き斜面は、まさにスキー場に適した斜度であるが、草地の斜面だけではいくら何でも狭すぎる。Tバーリフト(多いときは3基、最終段階では1基)だけだったとはいえ、滑走距離は500mほどあったようだから、現在は樹林が茂っているもっと上部までゲレンデは広がっていたのだろう。

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駅舎内に掲示されていた写真より。(左)ゲレンデ下にあったスキーハウス。(右)切符売場の建物か。いずれも現在は解体されている。

「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」には「Tバーリフトを利用した3コースのコンパクトなゲレンデ」と紹介されている。2011年をもって閉鎖となった。かつては臨時スキー列車も運転されていたという。ローカル鉄道とローカルゲレンデ、いずれもかつての賑わいを想像するしかない。これを逃すと帰れなくなる、40分後にやってきた新見行に乗り込んだ。(現地訪問:2017年9月)
posted by 急行野沢 at 22:00| Comment(1) | 近畿以西 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月26日

花背スキー場(京都市左京区)

一日数本の出町柳駅発・広河原行バスには、登山者など意外と多くの乗客があった。北大路から堀川通・上賀茂を通り、鞍馬の細い道を北上していく。花背峠へと登っていく急坂急カーブの道には、車両行違いのための係員が配置されていた。北山杉の美林を見ながら、花背峠を越えれば別所川に沿う谷へと下っていく。茅葺屋根も見られる風景は、外国人観光客で賑わう京都市街とは別世界のようである。

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(左)「花背高原前」バス停。前方に花背小中学校の旧校舎。(右)ゲレンデ下には貸スキー兼レストハウスの建物。右手上部にゲレンデが広がる。

この花背別所町にあったのが花背スキー場。1929年に開業、1964年に経営主体がかわり、1989年を最後に廃業。最盛期にはシーズン5万人、土日には3,500人もの集客でリフト待ち30分という時代もあったという。しかし廃業直前は雪不足に悩まされ、営業日数もごく短かったようだ。全長200mのシングルリフトが1基。日本で3番目に古いスキー場という記録も見られる。

1時間強バスに乗車して「花背高原前」下車。目の前に花背小中学校の旧校舎がある。周囲の民家には空家も多い様子。西の山中に向かう林道を歩くと、10分もかからずに花背スキー場のゲレンデ下に到着する。ゲレンデ下には貸スキー兼レストハウスの建物が残っている。室内には食事メニューの掲示が残っているのが見えた。数年前まではその右手(北側)にも別の建物が残っていたらしい。すぐ脇にはヒュッテなどの位置を示す案内板が、朽ちながら残っている。

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(左)ゲレンデ下部に残る案内板。(右)最下部からゲレンデを見上げる。

見上げるゲレンデは快適に滑れそうな中斜度の東向き斜面。背の高い草がその大方を覆っている。少し登ったところには、リフト乗場とレストハウスらしき建物が見える。錆び付いたリフト設備には、まだワイヤーが残っていて前方へと延びている。その先は樹林の中に消えていて、支柱やリフト上部の様子などは知ることができなかった。

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(左)錆びたリフト設備。手前にTバーリフト。(右)ゲレンデ最下部を見おろす。

リフトのすぐ脇には比較的新しいTバーリフトの装置が置かれている。廃業後にプライベートゲレンデのようなかたちで使われてた(いる?)という情報もあるので、その名残なのかもしれない。ゲレンデ直下には駐車場スペースがあまり見当たらなかった。林道からの途中左手(南側)に広い草地がいくつかあるので、そこが駐車場として使われていたのかもしれない。

なお、この花背スキー場に隣接して、1984〜1989年に営業した花背大平スキー場があったという。詳細はよくわからないが、もうひとつ南側の谷の採石場上部の斜面(東向き斜面)にあったのではないかと推測している。

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(左)林道の前方に花背大平スキー場跡地(?)。花背スキー場のもうひとつ南側の谷。

京都市街地から1時間程度の都市隣接の立地。アクセス道路の厳しさにもかかわらず多くのスキーヤーが押し寄せた時期を、いまは回想するしかない。積雪の減少は、こうしたスキー場を閉鎖に導くとともに、スキー人口の減少にもつながっていったのではないだろうか。(現地訪問:2017年8月)

*「花脊」が正しいと思われるが、近年では「花背」が用いられる方が多いようす。本稿では「花背」で統一した。
posted by 急行野沢 at 10:00| Comment(2) | 京都府・滋賀県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月04日

[復活へ]ロッテアライリゾート(新潟県妙高市)

本年5月、地元紙などで「2017年12月のオープン目指して改修工事が進められている新潟県妙高市両善寺の『ロッテアライリゾート』の施設概要が明らかになった」と報じられた。復活を望む声が大きかった、あのARAIを再び滑走できる日がいよいよ現実のものとなろうとしている。

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(左)遠景から見たゲレンデ最下部とゲレンデ下のホテルなどの建物。(右)ゲレンデ下の正面入口付近。

5月に明らかにされた施設概要は、韓国のホテルロッテが100%出資した「ホテルアンドリゾート上越妙高」が発表したもの。冬だけでなくグリーンシーズンのアクティビティが楽しめるという。また温泉を新設し、ホテルも一新、プール・レストラン・カフェ・ビジネスセンターなど多彩な施設を設け、長期滞在にも対応することが盛り込まれている。

気になるゲレンデは、ゴンドラ1基・ペア2基・クワッド2基を稼働するとしている。以前のゲレンデ規模や輸送規模そのままである。とすれば、再び大毛無山の大斜面を滑ることができそうである。(→以前のゲレンデマップはこちら

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(左)(右)ホテルなどの建物は足場が組まれて改修が進められている。

上越方面に出かけたついでにアライに立ち寄ってみる。といっても、もちろん工事現場に立ち入ることはできないので、周囲の道路からうかがい知ることしかできないのだが。多くの工事車両や作業員が周辺道路から出入りしていて、思っていたよりも大規模に工事が進められていることに驚かされる。

ホテルなどゲレンデ下の多くの建物には足場が掛けられ、改修が進められていることがわかる。少し上部に行くと、山麓第2リフトの乗場がある。ここも足場が建屋を覆っていた。その先のゴンドラ六本木平ステーションも足場が覆い、周辺では多くの人々が作業を続けていた。

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(左)山麓第2リフト乗場。(右)ゴンドラ六本木平ステーション。

ゲレンデに至る案内標はこれから再整備されれるのだろう。農作業の軽トラが走り回る周囲の田園風景と大規模リゾートは少々不釣り合いのものと見えたが、これからどう調和していくのか、調和しないのか。そんなことも気になった。(現地訪問:2017年8月)

こちらもご覧ください
「ARAI MOUNTAIN & SPA(その1)」
「ARAI MOUNTAIN & SPA(その2)」
「ARAI MOUNTAIN & SPA(その3)」
「ARAI MOUNTAIN & SPA(その4)」
「旧新井リゾート 2017年度オープンへ」

2017年07月14日

武尊牧場スキー場[その2](群馬県片品村)

前回に引き続き武尊牧場スキー場のレポート。
武尊牧場スキー場について「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」では、「夏季に放牧場になる傾斜地を利用したスキー場。天然雪に恵まれた高原エリアに加えて、下が草なので雪が少なくとも滑れる好条件をもっている。上部の二合平ゲレンデが広大なオープンバーンで見晴らしが素晴らしい。全体的にゆるやかな斜面。子供用ゲレンデも充実していて、ファミリースキーヤーにも好評」と紹介されている。

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(左)栃の木コースから下部を見おろす。(右)第5ロマンス沿いのスラロームコースを見上げる。

首都圏からは近いスキー場であったが、沼田ICからは意外と距離があり、オグナほたかなども手前にあった。リフトはペア4基・シングル2基。いっぽう「首都圏発 スキー場と宿2003」では、スノボ比率90%となっている。各種アイテムを二合平ゲレンデに設置したことが紹介されていて、スノボ集客に舵を切ったことがわかる。

以前、武尊山登山の折に最上部の第6リフトを利用した。スキー場がクローズしても夏山リフトは運行されるのだろうか。それを確認したくて、ゲレンデ内を登っていく車道を進んで第6リフトの下まで行ってみた。

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(右)前方に第2リフト終点、手前に第3ロマンス乗場。(右)第3ロマンスから見た武尊山。前方の谷状に下るのは馬立コース。

最上部まで、ゲレンデを縫うように上るので、リフトや斜面の様子を見ることができた。第1ロマンス降り場からはゲレンデ下部を見おろし、第2・第3乗継点はゲレンデ中間部でもあり、上下を見渡してこのスキー場の規模を再確認することとなった。

以前、手こずった記憶がある馬立コースをのぞき込み、柳沢コースを見上げる。第6リフトは稼働しておらず、脇の登山者用駐車場にも車はなかった。あとでネットで確認したら夏山リフトは運行しないとなっていた。ここからは緩やかで広い二合平ゲレンデを見上げることができた。

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(左)第6リフト。上部に2合平ゲレンデを見上げる。(右)第3ロマンス沿い。白樺のある風景も美しい。

西方にはまだ稜線部に雪を残す武尊山の姿が美しい。周囲には白樺の木立もあり、華やかさには欠けるものの雰囲気のよいスキー場だった。スノボ中心となってから関心がなくなっていたが、こうしてみるとクローズがなんとも惜しまれるゲレンデに思えた。(現地訪問:2017年5月)

こちらもご覧ください → 武尊牧場スキー場[その1]
posted by 急行野沢 at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 群馬県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする