2013年05月29日

見附水道山スキー場(新潟県見附市)

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(左)田園の中〜住宅地の向こうに水道山。こちら側の斜面がゲレンデだった。(右)斜面下の畑地から見上げる。

見附の市街地の南東側に位置する水道山。その名前は、水道施設がこの丘陵に設けられたことによるものらしい。そんな水道山にかつてスキー場があった。市街地のすぐ奥に位置する丘陵だから、地元の人々にとっては身近なスキー場として賑わったのではないだろうか。

水道山は6〜7月には約4,000本の紫陽花が咲き乱れる公園としても知られている。その紫陽花の季節に一度、三条方面からの帰り道のついでとして訪れたことがある。山頂稜線部を南北に車道が走っていて、ところどころにベンチやあずまや、遊具などが配置され、まさに手近な市民の憩いの場というかたちになっていた。しかし、あたりを歩き回ったりしてみたが、丘陵地のどのあたりにゲレンデがあったのかそのときはよくわからなかった。

稜線部から東側にかけてはやや展望が広がり、疎林が覆っているだけの場所があった。そちら側にゲレンデがあったのではないかと見当をつけて、4月の休日にあらためて出かけた。東側にある腰越という地名の住宅地、その中の狭い道をたどって、丘陵地の裾野部分まで行ってみる。そのあたりは畑地となっていて、何人かが畑仕事をしていた。その中のひとりの小父さんに話を聞いてみると、正面に見える斜面がまさにスキー場の跡地だということだった。予想したとおりの場所である。稜線までのぼる遊歩道が設置されているのも見える。その斜面に白っぽい支柱が3本立っている。それがナイター照明施設の痕跡だと教えてくれた。ナイター照明は、昭和50年頃まで使われていたのではないかという。その後、照明施設は取り外されて、野球場に移設されたようだ。照明施設はあったものの、リフトやロープといった施設はなかったとその小父さんは話してくれた。

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(左)白っぽいナイター照明の支柱が残っている。(右)ゲレンデ斜面上から見おろす。

今度は水道山の山頂稜線部から見おろしてみると、眼下に細越の住宅地が見え、その向こうには広大な田園地帯が広がっているのが見えた。足元の斜面はけっこう急で、まっすぐ滑り降りるのは初級者では難しいと思った。

ナイター照明の撤去時期などから推測すると、もう30年ほど前にはスキー場としての機能は停止していたのではないだろうか。長岡悠久山・三条大崎山などと類似の立地である。降雪が減った影響もあり、また、もっと大規模なスキー場が開発されたことにもよるのだろうが、このようなスキー場が次々と消えていった。かつては多くの市民で賑わったのであろう時代を、いまは偲ぶしかないのかもしれない。(現地訪問:2013年4月)

2013年05月14日

マウンテンパーク津南スキー場 津南駅連絡コース(新潟県津南町)

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(左)日帰り温泉が同居するJR飯山線の津南駅。(右)津南駅と中心街の間をむすぶ千曲川の橋から、前方の斜面にコースとリフトの跡が見える。

小学生の頃だっただろうか、友人に聞いた話は「津南のスキー場は駅前にリフト乗場があって、列車を降りるとすぐにゲレンデに登る連絡リフトに乗ることができる」というものだった。車を持っている家は少なくて、スキーに行く交通手段はおもに鉄道とバスだった時代である。私も「それはずいぶん便利だなあ」と感心した記憶がある。飯山線の運転本数もいまと同じくらいだったと思うが、当時はそれが貴重な移動手段だった。

現在、マウンテンパーク津南は上部のロッジ周辺のイエローリフト・オレンジリフトという2本のリフトで、土・日・祝のみ営業している。その下部のオレンジリフト(以前の名前は第2ペアリフト)の下に、かつてはさらに2本のリフト(第1ペアリフト・第10連絡ペアリフト)があって津南駅との間を結んでいた。時代が変わって、鉄道やバスがスキー場へのアクセス手段としての主役の座を降りて、多くのスキー客が車で上部のロッジ周辺の駐車場まで乗り入れるようになり、下部のリフトは必要がなくなってしまった。

「SKIER'91 日本のスキー場・東日本編」(山と渓谷社)に掲載されている「マントパーク津南」のゲレンデマップには、まだ第1ペアリフト・第10連絡ペアリフトが存在しているし、「オールスキー場完全ガイド2000」(立風書房)にも記載があるから、この両リフトが廃止されたのは2000年代初頭ではないかと推測している。前者には「中里同様、JRの駅前からリフトが架かっており、全国的にも珍しい駅前グループのスキー場。連絡リフトで上がった所がメインゲレンデで、ほぼまっすぐにコースが延びている」とある。また、「第1リフトの外側に位置するチャレンジコースは、最大斜度37・平均斜度20度の上級向きバーン」と書かれている。

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(左)駅裏側のリフト乗場があったと思われる場所。右側の斜面にコンクリートの基礎部分が残っている。

私が初めてマウンテンパーク津南に滑りに行ったのは2004年12月のことで、そのときには既に下部のリフトは稼働していなかったと記憶している。その時はもっぱら、現在の「イエローリフト」沿いで滑った。私のほかは、ほとんど地元の少年たちが練習に励んでいるばかりだった。しかし、「日本一の河岸段丘」とうたう周囲の展望はやはり素晴らしかった。

あらためてマントパーク津南の連絡リフト付近を訪れてみることにする。JR津南駅は、国道117号が走る津南の中心街からは少し離れた信濃川の左岸に位置している。その信濃川に架かる橋からは、津南駅の背後の丘陵にスキーコースやリフトのための切り開きの跡がはっきりとわかった。津南駅は日帰り温泉が駅舎内に同居しているが、現在ではこのような温泉設置の駅はさほど珍しくはなくなった。鉄道に乗るために駅に来る人より、温泉に入るために車で乗りつける人の方が多いくらいではないだろうか。駅の線路を挟んだ裏側にわずかに広がる平地にリフト乗場があったと思われる。まだ雪が残り、その跡を確認することはできなかったが、正面の斜面にはリフトの支柱が立っていたと思われるコンクリートの基礎部分を見つけることができた。

一方、上部に車で登り、オレンジリフトの乗場に行ってみる。そのすぐ下には、第1ペアリフトの終点と思われるコンクリートの角柱が立っていた。そこから下を覗くとかなり急な斜面が続いている。チャレンジコースはこの場所から、右に回って駅へとくだっていた。その向こうには信濃川、そして苗場山方面の山並が続いているのを見渡すことができた。(現地訪問:2013年4月)

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(左)オレンジリフト乗場。左手奥に第1リフト終点の痕跡がある。(右)第1リフト終点部分のコンクリートの残骸。