2013年11月20日

卯辰山スキー場(石川県金沢市)

udatuDSC_0151.JPG udatuDSC_0149.JPG
(左)花木園下には四阿がつくられその下まで緩やかな斜面が続いている。(右)花木園の下から斜面を見上げる。

北陸の古都・金沢。北陸新幹線金沢までの開業も間近に感じられるようになった昨今、今後のこの都市の行方が気になるところ。金沢在住の知人は「金沢も東京のようになっていくと考えると、決して歓迎ばかりもしていられない」と話していた。金沢の人は、独自に北陸の文化の中で生きてきたという自負心をもっているように感じられる。幕末から明治維新の頃の金沢は、東京・大阪・京都・名古屋に次ぐ人口を誇る日本第5位の都市だったという記録がある。

そんな金沢市街地の背後にある小丘陵が卯辰山。市街地から見て、卯辰(東)の方向にあることから名がついたという。この丘陵に金沢市民御用達の「卯辰山スキー場」があった。

卯辰山一帯には山稜に車道がつけられ、各所に駐車場や休憩施設などが設備されている。そんな一角にある花木園は、かつての卯辰山スキー場の跡地を造成したもの。ツツジ・ヤマザクラ・ハナミズキなどが季節ごとに花を咲かせ、遊歩道も整備されている市民の憩いの場である。

udatuDSC_0156.JPG udatuDSC_0176a.JPG
(左)花木園上部から斜面を見下ろす。(右)花木園最上部の出入口。前は車道が通じている。

いまは最下部に四阿がつくられ、最上部は稜上を走る車道に接している。思ったよりも急な斜度である。前方に小さな山があり、それが風を防いでこの斜面のコンディションに貢献していたと思われる。北東向きの斜面なので、残念ながら金沢市街地を眺望することはできない。

現在までの調査ではリフト・ロープトゥなどの施設があったのかわからない。営業終了の時期もわからないが、30〜40年ほど前だろうか。現在ではスキー場の形跡を示すものは何も残ってはいない。大正年間からスキー場として開設された記録があるから、長い歴史をもっていたのだろう。次第に市民スキー場の機能はキゴ山スキー場(医王山スキー場)に移っていったようだ。(現地訪問:2013年11月)

udatuDSC_0186.JPG udatuDSC_0188.JPG
(左)望湖台から見た金沢市街地。卯辰山スキー場とは反対方向。(右)望湖台にあった地図。スキー場の場所は延王子川の北西にある斜面。
posted by 急行野沢 at 09:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 石川県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月05日

越後アクシオムスキー場(その2)(新潟県魚沼市)

axiDSC_0243.JPG axiDSC_0252.JPG
(左)国道沿いに残っている案内板。(右)リフトが撤去されたゲレンデ。

越後アクシオムについては、その後リフトが撤去されたなどの情報が寄せられていた。その事実関係を調べに訪れてみた。

国道252号沿いには「右折 AXIOM 大駐車場完備」と大きく書かれた案内板がいまも残されたままだ。看板を支えている鉄柱が錆びているのが、廃スキー場だいうことをかすかに示している。日に数本の列車しかない只見線のレールを踏切で越えてゲレンデ下に出る。

ゲレンデ下に立つと以前は残されていた第2ペアリフトの姿はまったくなくなっていた。斜面にはリフトの鉄柱も見あたらない。斜面上部を見上げると、上部にリフト終点の姿が残っていることは認められた。斜面の下部には畑地も開かれていて、近所の方が畑仕事をしている姿も見られた。魚沼の地も収穫の季節を迎えていた。

axiDSC_0253.JPG axiDSC_0254.JPG
(左)ゲレンデ上部に残されているリフト終点の施設。(右)廃墟化が進んでいるレストハウス。

ゲレンデに隣接して立つレストハウスは赤・白・緑の3色に塗られた屋根が印象的。クワッドリフトの新設を予定してこの場所に建てられた理由は、以前コメント欄に情報が寄せられたとおり。ただ、屋根板が曲がり、窓ガラスも割れたりして、廃墟化が進んでいるように見えた。(現地訪問:2013年9月)

こちらもご覧ください → 2009年09月20日 越後アクシオムスキー場