2013年12月17日

ヤナバスノーパーク(その1)(大町市)

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(左)駅のホームの背後にR148が走り、その向こうにセンターハウスの建物とゲレンデが見える。(右)センターハウスの前の圧雪車やリフトのチェアは雪に埋もれている。

今シーズンも直前になって、いくつかのスキー場の営業休止のニュースが飛び込んできた。その中で長野在住者として一番身近であったのが、ヤナバ休止のニュースだった。12月はじめ、ヤナバスノーパークの公式サイトに「諸般の事情により、今シーズンの冬季営業を休止させていただきます」との案内が掲示された。新聞報道によれば、「大町市平のスキー場『ヤナバスノーパーク』は11月30日までに今季の営業を休止することを決めた。経営する同市平の「ヤナバ」の斎藤徳之代表取締役は景気低迷などによる経営不振を理由に挙げ、『来季以降のスキー場の運営を継続する方法を模索していく』としている」とのことであった。

1972年に開業。昨季の利用者数は24,000人あまり。最盛期の1993〜94シーズンには約13万人を集客したが、2000年以降は2〜5万人台で推移していたという。昨シーズンはクロスプロジェクトグループ(白馬村)が運営業務を受託したが、今季は契約を更新していなかったとのこと。私は一度だけ1997年1月に滑りに訪れた。そのときはそれなりに賑わっていたと思う。インパクトのある斜面ではなかったけれど、鉄道やR148のアクセスもよくファミリーやグループで訪れるにはいいのではないかと思っていた。最近はスノーボーダーを集客の中心にしていたようだが。

「シュプール・大町市のスキー史(大町市スキークラブ、1988年)」には「ヤナバスキー場の大きな特徴は昭和61(1986)年にJRヤナバスキー場前という、いわばスキー場専用の駅が新設され、駅を出るとそこがゲレンデとなっている。そのためナイタースキーなど利用者にとっても交通の便が非常に良いスキー場となった。ナイターの開設は昭和57(1982)年である」と記載されている。また、神田正輝が一時スキースクールの指導員であったという。

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(左)ゲレンデ最下部から見上げる。(右)ヴィレッジ第1ゲレンデの下から見上げると、リフトとゲレンデの跡がはっきり残っていた。

「SKI GUIDE'86(山と渓谷社)」によれば、「権現山(標高1,222m)の北斜面30haにリフト5基が設置され…(中略)…青木湖を眼下にのぞみ、正面に鹿島槍・五竜岳をのぞむ景観が素晴らしい」と紹介されている。私が訪れた1997年前後にはクワッド1基・ペア3基のリフトがあったが、メインゲレンデ右手にあったビレッジリフト2基は数年前にひと足早く営業休止となっていた。

12月中旬にヤナバを訪れる。大糸線「ヤナバスキー場前駅」はロープを張って入れないようになっていて、列車は通過していった。国道に面した案内板もそのまま残っているものの、駐車場は雪に埋もれ圧雪もされていない。センターハウスなどの施設はすべてそのままだが、ひと気はなく閑散としている。リフトのチェアや圧雪車もゲレンデ下でスタンバイしていたようだが、ここ数日の雪に埋もれている。青木湖対岸に見える「サンアルピナ青木湖スキー場」も数年前に営業を休止したままである。大町市内では、爺ヶ岳・鹿島槍がそれぞれ独自のカラーで存在感を保っているが、ずいぶん寂しくなったと感じる。(現地訪問:2013年12月)

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(左)ゲレンデを少し上がった所から見下ろす。眼下に青木湖、左奥には休止中のサンアルピナ青木湖スキー場。(他の写真とは別の日)

【続報】(2015年1月31日)
2015シーズンから再開したヤナバの姿を確認したくて、現地を訪れた。日中の営業が終わり、ナイター営業開始までのゲレンデ整備までの時間だったが、レストハウスでナイター営業を待つグループの姿がいく組も見られてまずはひと安心。隣接するJR大糸線「ヤナバスキー場前駅」も今シーズンは営業を再開していた。

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(左)ナイター開始を待つ下部のレストハウス。(右)ヤナバスキー場前駅。

【続報】(2016年11月10日)
本日の信濃毎日新聞の記事によれば、2017シーズンの営業を断念するという。
こちらをご覧ください→「ヤナバスノーパーク(その2)」
posted by 急行野沢 at 09:00| Comment(11) | TrackBack(0) | 白馬山麓 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月04日

ファミリースキー場オース(福井県福井市)

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(左)スキー場へのアクセス道。幅は狭いが滑り止めの凹凸がある。(右)斜面下には休憩舎。

このスキー場は厳密にいえば「追憶のゲレンデ」として取り上げるべきではないのかも知れない。というのも、一度もスキー場としての役割を果たしていないから、ここでスキーを楽しんだ追憶をもつ人もいないからだ。

「ファミリースキー場オース」は豪雪地帯の振興を図る旧国土庁の「雪国快適環境総合整備事業」の一環として、福井市と合併した旧美山町が総工費2億5500万円をかけ92年に着工。13,000平米を整備し94年に完成した。しかし、スキー場へのアクセス道路が幅4メートルしかなく、冬季に通行できなくなるなどの理由で開業できず、一度も利用されることなく2007年3月に廃止となった。その後、福井市は2007年8月27日に国・県に補助金への返納を発表。当然ながら無計画かつ無駄な公共事業の典型として批判をあびた。スキー場の設備として用意されたのは、ロープトウ1基、照明施設4基、20台分の駐車場。コースは全長180mであった。

過去に訪れた人のネット上の記録なども参考にして、晩秋の一日、現地を訪ねた。所在地は福井市所谷町。国道158号の旧道から越美南線小和清水駅付近で左折、芦見川に沿う谷を東に進み「リズムの森」を目指す。「リズムの森」というアスレチック・キャンプ場などを備えた施設の1本南側の東西に走る山際のか細い道、ここから南に向かって谷を登って行く舗装道を進む。途中の分岐は右へ。滑り止めのための凹凸のついた舗装道がスキー場斜面下まで導いてくれた。

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(左)斜面の下から見上げる。(右)ゲレンデ脇に用意されていた駐車場。

到着して驚いたことに、スキー場の斜面はオフロードバイクのコースと化していた。斜面を数台のバイクが轟音を立てて走り回っていた。斜面下には「休憩所」と看板が下げられた建物。その前で車をとめると、場違いな奴がやってきたと思われたのか、つなぎ姿の青年が近づいてきた。彼に尋ねると、確かにここがスキー場の跡地のようだった。しかし、「いまは私有地であり、何より危ないからあの斜面に立ち入ってはいけないよ」といわれた。もとより、バイクが走り回っている場所に立ち入るつもりはないのだが。

見上げる斜面はローブトウ1本架けるにはちょうどいいくらいの規模で北東向き。斜面下の建物はスキー場の休憩所として建てられたものだろうか。少し下って脇にはいると20台ほどの駐車場のスペースがあった。そして、その脇からも横向きに斜面を見ることができた。ナイター照明の支柱が空しく立っているのが印象的だった。適度な斜度で、ゲレンデとしては小規模であるがファミリー向けなら悪くないと思った。問題はやはりアクセス道だろうか。狭くて急で積雪時には厳しい道になるだろうと思われた。(現地訪問:2013年11月)

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(左)斜面の横から見上げる。ナイター照明の支柱が立っている。(右)「リズムの森」の前から。右手の山中にゲレンデがある。
posted by 急行野沢 at 23:35| Comment(1) | TrackBack(0) | 福井県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする