2014年04月29日

猿ヶ京スキー場(群馬県みなかみ町)

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(左)ダムによってできた赤谷湖の向こうに猿ヶ京温泉。(右)赤谷川の対岸から遠景したゲレンデ跡地。

三国峠を越えて苗場や田代・みつまた方面へと続く国道17号。関越トンネルが対面通行でいつも渋滞していた時代には、何回か月夜野ICで降りてこのルートをたどったことがあり、またその途中にある猿ヶ京温泉を拠点にしたこともあった。その頃はこの温泉地の奥にスキー場があったことに気がつかなかったし、関心も抱かなかった。かつては三国街道の関所があった場所であり、また、1958年の相俣ダム建設により湖底に沈むことになり現在の地に移転した温泉地でもある。

国道17号は赤谷湖の東岸から北岸へとぐるっと回って、猿ヶ京温泉入口の交差点にたどりつく。右折して進めばこの温泉地を代表する旅館・ホテルが建ち並んでいる。そのまま進んでいけば道はいつしか森林の中へと分け入り、その先には駐車スペースがあらわれる。スキー場の駐車スペースであったのかはわからない。左手に斜面を見て進めば、その先で車道は終わる。数年前にこの地を訪れた時には斜面の下に壊れかけたプレハブなどが見られたが、いまは「太田和花の山」として整備されている。

植樹がなされ遊歩道や四阿もつくられているが人の姿はない。初級者には適度だったと思われる幅広でなだらかな斜面には、満開の桜が点在し、足元には黄色い水仙が咲き乱れている。視線を上げると谷川岳が残雪をまとって輝いていた。

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(左)ゲレンデ下の駐車スペースから斜面横を見る。遠く谷川岳が見える。(右)ゲレンデ下から斜面を見上げる。

実はこのスキー場は比較的最近の山岳地図や道路地図などにも痕跡が残っているので、ずいぶん前から取り上げようと思っていた。しかし、過去のスキー場案内などの文献資料がまったく見つからなかったため躊躇していたもの。

ようやく最近になって、このスキー場を紹介している資料を見つけた。「完全独占スキー(昭和34年12月30日、池田書店)」には「猿ヶ京スキー場(群馬県利根郡新治村猿ヶ京大田原)」の紹介として以下のように記されている。「上越線後閑駅よりバス連絡(東武バス)50分(50円)猿ヶ京温泉下車。可能期間=12月下旬〜3月上旬(中級向、やや粉雪)旅館4件 500〜1,000円(法師への途中にあり、初心者向のゲレンデ)」。また。「県別シリーズ8 郷土資料事典 群馬県・観光と旅(昭和43年1月10日初版、昭和49年10月1日改訂版、人文社)」には、「猿ヶ京温泉」の説明として「冬は湯街北側の山麓斜面に、スキー場も開設される」とある。

これらの資料から推測すると、1960〜1970年頃がこのスキー場の最も賑わって時期ではなかったかと推測される。程よい斜面に見えたけれど、近年は積雪に難があっただろうし、何より周辺にスキー場が林立していて存続は難しかったのだろうと推測する。(現地訪問:2014年4月)

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(左)ゲレンデ跡地は「太田和花の山」として整備が進んでいる様子。(右)斜面中腹の遊歩道から見おろす。
posted by 急行野沢 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 群馬県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月10日

永林寺スキー場(新潟県魚沼市)

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(左)魚野川に架かる根小屋橋からのぞむ。前方の丘陵の中央部が永林寺スキー場だった。(右)南東側から見上げたゲレンデ。赤いドーム屋根の小屋あたりまでがゲレンデだったらしい。

4月とはいうものの、越後の山里では田畑は未だ一面の雪に覆われていた。春の気配は感じられるけれど、花の季節はまだもう少し先のことで、遠く越後三山は残雪に輝いている。東京では桜が満開だと伝えられても、それはどこか遠い世界の出来事のように聞こえる。

北魚沼郡堀之内町。いまは合併により魚沼市の一部となっている。むかし、上越線の在来線急行で何回かこのあたりを通った記憶では、湯沢・石打・六日町などスキー場が林立する華やかな地域を通過した後だからだろうか、魚野川に沿う谷も狭まり何となく寂しげな雰囲気を感じたものだった。

そんな堀之内にスキー場があったことを知ったのは「観光と旅16 郷土資料事典・新潟県(人文社 昭和45年6月5日初版 昭和50年4月15日改訂版)」による。同誌はその永林寺スキー場について、以下のように紹介している。「曹洞宗の名刹鉢倉山永林寺の裏山一帯で、スロープの変化は初中級者に向いている。永林寺は、日本育英友の会・文部省・県の青少年野外旅行活動の宿泊に指定されており、四季それぞれ野外のレクリェーションを楽しむ青少年で賑わっている。境内の前方には魚野川が流れ、銀蛇の彼方には越後三山がくっきり浮かび、きわめて眺望に優れている。スキー施設としては、150mのロープウェー(注:ロープトウのことと思われる)と民宿の用意がある。堀之内駅の北約1km 徒歩20分。」

堀之内の中心街から魚野川に架かる根小屋橋を渡り、細い道を入って行くと永林寺の前に出る。杉林に囲まれた佇まいは、名刹というに相応しい雰囲気がある。その右手裏に樹林の少ない丘陵があり、最上部には四阿らしき建物が見える。その一帯がスキー場だったと想像がつくものの、斜面をいまは関越道が横切り階段状に整地されていて、どんな斜面だったのかはいまひとつ想像がつきにくい。右手に雪の残る斜面があるが、そちらの緩斜面はゲレンデの面影を残しているように感じられた。

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(左)永林寺の脇から見上げた斜面。関越自動車道が横切っている。(右)永林寺。

少し離れた住宅の前で、雪を片付けていた小父さんに声をかけてみた。「いまは高速道路が横切ってよくわからなくなった」といいながら、永林寺右手奥の斜面がスキー場だったことを教えてくれた。正面はけっこう急な斜面だったらしい。ロープトウがあったけれど、よく故障したようだ。82歳になるという小父さんは若い頃には、そのゲレンデでよくスキーをしたという。「冬にはスキーぐらいしか楽しみがなかったからね」と笑った。(現地訪問:2014年4月)