2014年10月31日

白馬みねかたスキー場(その1)(白馬村)

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(左)リフト乗場に掲示されているゲレンデマップ。第2リフト終点から頂上までの第3リフトは、最近は運行されておらず表記が消されている。(右)営業していた時のようす(2013年12月31日)。

「みねかた」には昨年の12月31日に滑りに行ったばかりだった。そのときの様子を記録したのが、→こちら。「『みねかたは大丈夫なのか?』という声も聞こえてくる」と書きながら、しかし、年末だったせいか、そこそこ賑わっていることに安堵していた。家族連れや地元のポール派が楽しんでいた。それが、今年9月になってホームページ上でクローズが発表された。

ホームページには以下のように掲示された。「前運営会社からの譲渡を受け、株式会社みねかたにて9シーズン運営を行ってまいりましたが、当社での来シーズンの運営継続が難しい状況となっておりました。運営を引き継いで頂ける企業を探す等、スキー場営業を継続する道を色々と模索しておりましたが交渉もうまく進まず、来シーズンに向けての動きも本格化する時期となり、非常に残念ではございますが、白馬みねかたスキー場はクローズさせて頂くことといたしました。(後略)」

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(左)ゲレンデ入口には鳥居。左手にセントラル・ロマンスの両ゲレンデ。(右)ゲレンデ最下部には数軒のレストハウスなど。圧雪車がスタンバイしているが、今シーズン稼働することはないのだろう。

やはり経営上は予断を許さない状況だったのだと、あらためて思い知らされた。オールドスキーヤーがのんびり滑るには適度なスキー場だったので、ひとりで数回出かけたことがある。のんびりできたということは、やはり客が少なかったということだろう。

「SKI GUIDE'86(山と渓谷社)」には、「日本の屋根北アルプス連峰を一望できる白馬山麓の北東斜面にリフト3基が効率的に配置され、3つのゲレンデ、3本の林間コースをうまく結びつけている。山頂からの景観はすばらしく、北アルプス連峰の景色を心ゆくまで楽しめる7kmの歩くスキーコースは、北アルプスの展望台として親しまれており、コース整備も万全で初めてスキーをはく人でも、安心して楽しむことができる。ナイター設備、ポール練習コースもある」と紹介されている。スキー場開設は昭和38年(1963年)であるから、50年もの歴史を持っていたことになる。

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(左)セントラルゲレンデ中間部左には、イタリアンレストランやロッジの建物が残っている。(右)しょうぶ平コース中間部を上から見下ろす。右手の白い建物はケーキハウス。

雨模様の10月の休日、峰方を訪れる。白馬の中心街から、国道406号を5kmほど鬼無里方面に入ったところ。ゲレンデ手前1km弱に駐車場があり、かつては臨時駐車場を必要とするほどだったと再認識する。ゲレンデ入口に雨降宮峰方諏訪神社の鳥居が立っている。社殿は右手奥にあるのだが、神社と共存している雰囲気はいにもローカルゲレンデにふさわしい。リフトはチェアをはずしたままだし、ゲレンデ下のさまざまな施設もそのままの状態。リフトの横に置かれた圧雪車は、雪を待ってスタンバイしているように見える。周辺の何軒かのプチホテル風の建物はなんとなく寂しげに見える。

ゲレンデ左につけられた林道を登っていくと、最近は営業していなかったイタリアンレストランやロッジの建物が、バブル期の遺構であるかのように徐々に廃墟化している。「イタリア料理カーサビアンコ 閉店致します。ありがとうございました」の貼り紙が悲しい。その先、しょうぶ平ゲレンデ脇にケーキハウス「ルフレ」の白い建物。こんなゲレンデ脇でどのくらいの来客があるのかと思っていた店だ。さらに行くと、第2リフトの終点。最近は稼働していなかった第3リフトの乗場もある。背の高いススキに視界は閉ざされがちだが、パノラマゲレンデから山頂部を見渡すことができる。歩くコースは北アルプス展望台だったが、メインゲレンデからは頸城山地方面の展望しか得られない。小雨の中、それも霞んで見えるだけだった。(現地訪問:2014年10月)

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(左)最後の頃は休止していた第3リフト乗場から、ゲレンデトップを見上げる。(右)第2リフト終点から見下ろす。

こちらもご覧ください→「白馬みねかたスキー場(その2)(2015年2月14日)」
posted by 急行野沢 at 10:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 白馬山麓 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月10日

東部スキー場(畑沢スキー場) (白馬村)

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(左)「サンサンパーク白馬」から見た堀之内地籍の田頭の集落。その背後の山中にスキー場があった。(右)林業用作業道を進む。正面右手一段上の平らな場所に休憩小屋があったという。ゲレンデはその向こう側らしい。

白馬方面にスキーや登山に出かける道すがら、いつも気になっていたのが、この「東部スキー場」。長野から白馬に向かう通称「オリンピック道路」が美麻トンネルを過ぎて、白馬村の平地に下っていくと、左手に「サンサンパーク白馬」という駐車スペースがある。その北側は堀之内という地籍のなのだが、そのあたりにスキー場があったはずだ。

「白馬の歩み(4)」には、以下のように記載されている。「神城の東部地区の堀之内や三日市場は昭和37年から民宿を始めた。(中略)昭和38年には12軒で民宿組合をつくり、堀之内地籍に畑沢スキー場をつくった。雑木林を一町五反歩ほど伐採、ロープ塔を架け、休憩小屋も建てた。昭和43年、八方尾根で国体スキー競技会が開かれるころになると、スキー客はバスに乗車して八方尾根や五竜とおみスキー場へ行くようになり、畑沢スキー場も休止してしまった」とある。また、「観光と旅19 郷土資料事典・長野県」(人文社:昭和42年3月15日初版、昭和49年6月1日改訂版)には、「東部スキー場」として「神城駅の東約1.5km、バス10分。堀之内部落周辺に開設されるスキー場。ロープトウ1基、宿は東部民宿」と紹介されている。畑沢スキー場と東部スキー場は同一のものと思われる。

秋の気配が色濃くなってきた9月下旬、堀之内を訪れ、集落のはずれで農作業をしているオジさんにスキー場の場所を尋ねてみる。「わかた館・大わで荘という民宿の看板に従って、テニスコートや民宿の横を通り過ぎ、田頭集落の背後の山に入って行ったあたり」とのこと。とりあえず、その言葉に従って進む。「いまは車は入れないかもしれない」といわれたので、邪魔にならない場所に駐車して、あとは歩いて未舗装の道を進む。周囲は杉の植林帯だが、ひとしきり登ると山腹を水平に進む林業用作業道に合流。なんとなく右から左へと下る杉林の斜面は、ゲレンデに適した斜度のように感じられる。

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(左)ゲレンデ下部。重機を使って間伐作業中。(右)ゲレンデだったと思われる斜面を最上部から見おろす。

向こうから伐採作業の音が聞こえてくる。重機とチェーンソーを扱う人、3人ほどで間伐の作業をしている。伐採した木が倒れてこないのを見はからって近づき、尋ねると「その向こうに、スキー場の休憩小屋だった建物が少し前まで残っていた」という答え。作業道から一段上がった平地の上らしい。さらにヤブをかき分け少し登ると、一段上にある作業道まで樹木の少ない斜面があり、そこがメインのゲレンデのようだった。西向きの斜度は、ほどよい中斜面のように思える。

周囲は杉の植林や雑木が取り囲んでいて、ゲレンデの跡もあまりはっきりしない。樹間からかすかに後立山の山並みが見える。スキー場だった頃には、前方に五竜・唐松などの山並みを眺めながら滑ることができたのだと思う。今回も、地元のオジさん、山仕事のオジさんに感謝。(現地訪問:2014年9月)

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(左)ゲレンデ最上部と思われる場所。左下に斜面が下っている。(右)作業道沿いには「白馬きこりの道」というハイキングコースの地図が掲示されていた。赤印でゲレンデがあったと思われる場所を記入してみた。
posted by 急行野沢 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 白馬山麓 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする