2015年09月22日

千の坂スキー場(新潟県十日町市)

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(左)松之山温泉街。(右)資料などから推測した千の坂スキー場の位置。

松之山温泉は、草津温泉・有馬温泉とともに日本三大薬湯といわれている。その泉質はホウ酸含有量日本一で塩分濃度も高い。温泉地ではあるものの歓楽的な雰囲気は少なく、里山の自然美を色濃く残している。山深い豪雪地であり、小正月に松之山の新婦を娶った新郎を雪の中に放り投げる「婿投げ」という奇祭が行われることでも知られている。

それほどの豪雪地であるから、温泉とスキーをセットにした集客も当然考えられ、現在もペアリフト2基の松之山温泉スキー場が営業を続けている。松之山温泉街から南へ1kmほどの場所である。この松之山温泉スキー場は1983年の開設であるが、それ以前に松之山にあったのがここで紹介する千の坂スキー場である。

「スキー天国にいがた(1975年、新潟日報事業社)」には以下のように紹介されている。「松之山温泉から徒歩5〜15分のところにあり、主に初心者向けのコース。スロープは400〜500mで小規模スキー場である。(後略)」。また、「松之山町史(1991年)」には以下のように記されている。「早くから大松山周辺がスキー場として利用されてきたが、温泉場付近にスキー場がほしいという観光客の要望にこたえて、昭和39(1964)年に千ノ坂スキー場がオープンした。51年には津南町で使用されていたロープトウが設置され、無料休憩所もできた」。しかし、その後さらに本格的なスキー場建設が必要とされ、現在の松之山温泉スキー場が登場することになるのである。

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(左)木造三階建の堂々とした凌雲閣。(右)古いプールの向こうがゲレンデだったと教えられた。

小雨降る9月の午後、松之山を訪れる。「スキー天国にいがた」にあった地図から、温泉旅館・凌雲閣の近くではないかと考えていた。松之山温泉街への入口から少し南下した場所に凌雲閣は位置している。年月を経た木造三階の建物は存在感を放っていた。その窓口でスキー場について聞いてみると、「その脇の道を行くとプールがあって、その向こうがゲレンデでした」と教えていただけた。

駐車場の脇の道を進むと使われていないようすのプールがあって、その向こうに右上(西)から左下(東)への斜面があった。手前の部分(北側)はススキが繁っていて、向こう側は棚田が並んでいる。その中を温泉街上部の不動滝へ通ずる車道が通っている。どのあたりまでがゲレンデだったのかははっきりしないが、この斜面だったことは間違いないだろう。ロープトウが架けられていたらしいが、スキー場の痕跡は何も残っていない。しかし、スキーをするのには程よい傾斜のように思えた。棚田の稲穂は収穫を前に首を垂れはじめていた。(現地訪問:2015年9月)

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(左)下部から斜面を見上げる。(右)谷を挟んだ東側から見た斜面全体。

2015年09月03日

比叡山人工スキー場(京都市左京区)

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(左)京都側から比叡山へのアクセス手段のひとつ「叡山ケーブル」。(右)斜面下から見上げたゲレンデ全体。

最澄が開創した比叡山延暦寺は多くの高僧を輩出し、現在も日本仏教のひとつの中心となっている。そんな比叡山や北山の奥にはいくつかのゲレンデがあると知ってはいたけれど、どうも京都にスキー場のイメージはあわないと感じていた。

この比叡山人工スキー場は、京都の北東に位置する比叡山の頂のひとつである四明岳の北西斜面に開かれていた。1964年に開業。冬は天然雪に加えて人工雪との組み合わせで、そして夏期もグラススキーやアストロスキーで営業をおこなっていた。暖冬による雪不足やスキー人口の減少により、2000シーズンに夏期の営業を休止し、2001冬期シーズンを最後に閉鎖となった。

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(左)ゲレンデ下にはレストハウスなどの建物が残っている。

「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」には以下のように紹介されている。「京都市内、中心街からでも30分。ペアリフト1基と平均12度の人工ゲレンデのスキー場。足慣らしや仕事帰りのひと滑りに多くのスキーヤーが近郊からも集まる。ソリ専用ゲレンデ、スクール、ナイター平日21時30分、休前日22時」。ペアリフトの長さは170m。期間は12月中旬〜3月中旬となっているが、これは冬期営業の期間だろう。アクセスは叡山電鉄八瀬比叡山口駅からケーブルカーで山頂下車、徒歩10分。車では、京都東ICより国道161経由比叡山ドライブウェイ山頂まで20km。

京阪電鉄で出町柳へ。そこからは叡山電鉄の電車で八瀬比叡山口へ。さらに叡山ケーブルに乗って、ケーブル八瀬駅からケーブル比叡駅へ。このケーブルカーは日本一の高低差(561m)を誇っていて、急勾配を登っていくと眼下に洛北の景色が広がる。ケーブル比叡駅に降りると、さすがに京都市街に比べて気温がずっと涼しい。私以外の乗客はすべてロープウェイ乗場へと向かってしまった。ロープウェイに乗り比叡山頂から延暦寺方面へ、さらに坂本ケーフルで琵琶湖側へと下るのが一連の観光コースとなっている。

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(左)リフト乗場には小屋などが残る。(右)リフトは搬器をはずされたまま残っている。

一方、私は杉林の北斜面につけられた林道を歩く。頭上をロープウェイが通り過ぎていく。10分ほどで視界が開け、ゲレンデの下に到着する。ゲレンデボトムになる左手にはレンタルスキーやレストハウスの建物が、やや廃墟化しながら建っている。右手には緩やかな斜面が広がっている。正面奥、すなわちゲレンデトップに向かって左手にペアリフトが残っている。搬器ははずされ、樹木が繁ってリフトの機器の間に入り込んでいる。

見上げるゲレンデは緩やかな1枚バーンで、基礎練習にはもってこいといった感じ。斜面は背の高い草が点在している。ゲレンデ右脇の道を登っていくとロープウェイ比叡山頂駅に出る。付近一帯にはガーデンミュージアム比叡という庭園美術館が広がっている。その展望塔からは京都と琵琶湖、双方の展望を楽しめるらしい。コンパクトな規模とはいえ、市街地からは身近なスキー場であったことが感じられたけれど、同時に時代の変化も感じざるをえなかった。(現地訪問:2015年8月)

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(左)ゲレンデ中腹から下部を見おろす。(右)「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」を参考につくったゲレンデ図。