2009年08月12日

宮田高原スキー場(宮田村)

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(左)キャンプ場からゲレンデがあった放牧地を見上げる。(右)ゲレンデ上部からキャンプ場付近を見おろす。

宮田村は伊那谷のどこかにあるというくらいは分かっていたものの、はっきりした場所はあまり認識できないでいた。今回はじめて伊那市と駒ヶ根市の間にあり、そこからずっと西の山に登っていったところに宮田高原があると知った。

宮田村と宮田観光開発(株)・伊那自動車(株)は、1970年に宮田高原をスキー場として開発することを計画。8月に着工し、12月20日に宮田高原スキー場がオープンした。このスキー場は初心者向けに好評であり、毎年スキー学校も開かれ、バッジテストも行われた(「宮田村誌」による)。しかし、曲がりくねる長い山道をたどらねばならないアクセスに難があったためか、1987年を最後に営業を休止している。その後も夏季を中心にこの高原にキャンプ場が開かれ、宮田村の重要な観光スポットとなっているようだ。以前は夏に牛の放牧も行われていたが、それは数年前に中止となったようだ。

宮田高原へのアクセス道路は全面舗装ではあるものの、細く、急坂・急カーブの連続で、この地に馴染みのうすい私は運転に気をぬけなかった。ようやく宮田高原に登りついて、かつて放牧が行われていた草地の広がりを見てほっとする。舗装道終点にある管理棟前に車をとめて少しくだると、バンガローなどのキャンプ場の施設がある。この日も何組か中京方面からキャンプに来たグループがいるようだった。そのキャンプ施設の炊事場の下あたりにリフト乗場があったらしいが、施設は完全に撤去されていて痕跡は見出せない。さらにくだったところに小さな湿地や池があり、そこから登り返した南側にある放牧地がゲレンデだったようだ。ゆるやかな傾斜をもった放牧地は、うってつけの滑走地だっただろう。ゲレンデ山頂に向かって右側にリフトがあったようだ。

「'86 SKI GUIDE(山と渓谷社)」には「(前略)パウダースノーに恵まれたなだらかなギャップの少ないファミリーが充分に楽しめる安全スロープとなって広がり、ゲレンデから東に南アルプス・八ヶ岳連峰・中央アルプスの3,000m級の山並を展望することができる」と記載されている。

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(左)雲の間から伊那谷を見おろす。(右)「冬の信州'76」を参考に作図。

放牧地の跡にはいくつかのトレッキングコースが整備されていて、気軽に歩くことができる。あいにくと天気が悪かったが、上部からゲレンデと反対を見おろせば、伊那谷を一望することができる。夏の花々が咲く中、シモツケソウの赤い色がことのほか印象に残った。(現地訪問:2009年7月、上段左写真のみ2009年8月)
この記事へのコメント
私が初めて行ったスキー場で確か小学校3年(昭和47年頃)くらいだったと思います。従兄弟の車に乗って目覚めたら道路の両脇に3メートルくらいの雪壁があり、とてもびっくりした記憶があります。
当時のスキーはエッジも無く、はゴム長靴でつまさきをサンダルのようなところに入れ、かかとを皮製のベルトで押えるだけの簡素な
固定方法でした。

ウエアーの確かジャージのような物だったと記憶しています。あまり寒かったように思わなかったのですが、途中で小便がしたくなりコース脇でした覚えがあります。
Posted by Sean Sacks at 2012年02月21日 10:29
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