2009年09月22日

スポーツコム浦佐国際スキー場(新潟県南魚沼市)

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(左)レストラン・サンシャトレ1の下からゲレンデを見上げる。

1997年3月に一度だけ滑りに来ている。当時のスキー場ガイドには「良いスキー場なのだけれど知名度が低くて残念」と書かれている。どうもイメージのはっきりしないスキー場という印象があり、周辺の「スキー道場」を自認する『浦佐』、ダウンヒル・ロングコースを誇る『六日町八海山』など、個性的なスキー場の影に隠れていた感がある。

そのときは、関越道沿いのスキー場で行ってないところを探して出かけたのだが、豪雪地であるものの標高の高いゲレンデではなく、3月に入ってあまり雪質がよくなかったせいで印象がはっきりしないのかもしれない。

4本のペアリフトが設置されていたが、それほど奥行きは感じられず、営業をやめる直前にはリフト2本だけになったようだ。右側を大きく迂回する「トライアングルコース」、トップからまっすぐ滑り降りるいくつかの上級コース、さらに下部の緩斜面で構成されていた。

ひとつ面白いと思ったのは、「スペース・カプセル」というカプセル型の屋外の小部屋がレンタルされていて、小グループの利用には楽しそうだったこと。バブル崩壊後とはいえ、滑っている人は少なくどちらかというと閑散としていたと記憶している。開設は1975年。最大斜度32度。2006シーズンを最後に営業を休止した。

上越線八色駅(新幹線停車駅・浦佐駅のひとつ新潟寄り)から五箇の集落の中を通って、西側の山ぎわに上るとゲレンデ下に出る。遠目にはゲレンデの跡がはっきり分かったが、近づいてみるとススキをはじめ背の高い草に覆われている。リフトも早々と撤去されたようで、レストラン・サンシャトレ2の横に第1リフトのコンクリートの痕跡を見つけたが、それ以外はわからなかった。

サンシャトレ1・2という2つのレストランは廃屋になって残っている。ゲレンデを見上げると中腹にあったレストラン・サンシャトレ5の建物も残っているようで、これほどの数のレストランを設けるほど、かつては集客があったということだろう。ゲレンデの一部は墓地に転用されているようで、真新しい墓石が並んでいた。米どころ魚沼の田園風景を見おろしながら眠るのも、悪くないかもしれない。(現地訪問:2009年9月)


この記事へのコメント
私が小さい時からなじみ深かったスキー場で、懐かしく思いました。クローズする前にもう一回滑りたかったです。浦佐はとっても良いところです。近くの浦佐とか小出とかはスキーヤー中心なので、ボーダーは八海山しかないのかも知れません。記事にしてくださった方、感謝します。
Posted by ハッピーピース at 2010年12月19日 10:29
野沢急行さん
私とほぼ同世代のようですが、新潟県の十日町、小千谷、長岡、加茂、新潟あたりを移り住みこれら近辺のスキー場をホームゲレンデにしていました。ですから、書かれていた
スキー場の多くに私は親しんでいました。
おまけですが、浦佐国際開設当時のパンフの写真のスキーヤーは、地元にいた姉でした。
このスキー場のよさは、上部リフト沿いの
急斜面の3コース。上級者を目指す者の練習
バーンでした。他に多彩なコースレイアウト。ナイター設備。安価なリフト料金。駐車場すぐのリフト…。
私は、独身時代も子連れ時代も、ここで楽しみました。
積雪時は今でも国道から目立ちます。
Posted by ロシアスキー at 2011年12月17日 15:43
急行野沢さん
私は冬だけでなく夏に有名なスキー場を見に行き、冬への気持ちを高ぶらせに行くのが好きでして、このようなサイトがあることにとても感動しました。これからも更新よろしくお願いいたします!(笑)
私、浦佐を仕事関係でよく通りますが、最近、スポーツコムに大型車が入り、作業をしています。高圧電線の作業ではないようですし、墓地より更に上の斜面を工事(?)しているような…。そして同僚からの目撃情報に耳を疑いました。「鉄柱みたいなものを(スキー場に)運搬してたよ。」とまさかとは何かの間違いだとは思いますが。
でも私的には、浦佐とスポーツコム、どちらかと言えばコースのバリエーションと広さ、標高の高さからみてスポーツコムに復活してもらいたいですね。両者とも3月には雪質がわるくなりますけど…
Posted by もみあげ番長 at 2012年12月06日 16:07
まさかスポーツコムが復活?有り得ないと思うのですが。でも万一復活したら、絶対に滑りに行きます。
Posted by 急行野沢 at 2012年12月06日 17:40
スポコムの第一リフトは、座面の真ん中に支柱のある旧式のペアリフトだった。初心者の友人とナイターに行ったとき、彼が私の座るはずの座面に腰掛けてしまい、私は友人の膝の上に座ったまま係員が全然気付いてくれず、支柱が邪魔で座る場所も移動できないまま、上駅まで行ってしまった経験がある。途中で落ちないよう必死で支柱をつかみ、腹筋がブルブル震える頃ようやく上駅に着いた。笑い話のような実話の思い出があるゲレンデだった。
Posted by のぶネット魚沼 at 2015年04月28日 20:44
スキー愛好家の皆さん浦佐国際スキー場においでいただきありがとうございました。五箇開発の名のもとにスキー場が営業開始し、その後お決まりのゴルフ場併設の企画が持ち上がり、これに反対運動がおきました。ゴルフ会員権商法が破綻している頃でした。そしてバブル崩壊とともに、スキー場は経営者が変わり、結局縮小し撤退したのです。
それはちょうどカービングスキーの登場の直前でした。その後私自身は当時出身地を離れていましたので滑降はしておりません。私自身はこのスキー場廃止後、カービングスキーの虜になり、現在に至ります。せめて六日町ほどの標高があれば、雪質が期待できたのですが、温暖化の現況では復活には無理があります。しかしスノーシューの愛好家であれば、程よい踏破力で登頂できるでしょう。南魚沼市の「浦佐地域づくり協議会」のフットパスをご覧になり参考にしてください。2020年6月記載
Posted by 五箇の住人 at 2020年06月24日 18:59
急行野沢様。2020年6月の「五箇の住人」様の書き込みを拝見させていただき、私が一番過ごした時間が長かったこのスキー場への記憶を留めたいと思いました。
バブル崩壊の波を直に受け、親会社は5000億以上の負債を抱えて倒産しましたが、スキー場のスタッフが知ったのは当日の朝刊の報道でした。当時の支配人は親会社の社員で副支配人は地元の人でしたが、みんなこのスキー場を守るために動いたと記憶しています。親会社から離れた後も地元で営業を続けました。駐車場を無料にして1日券を1,500円にして営業を続けていました。
そして2001年2月12日の午後雪崩が発生しました。それまで流れていたBGMが止み、音が無くなったな…と思っていたら、第5リフト沿いのコースで雪崩が発生していて第5の「原動」と呼ばれるコース下部リフト小屋が流されかかってました。昼過ぎにコースにひび割れがあったので、コースを閉鎖しておいたため、中学生がひとり軽いケガを負いましたがコース上で巻き込まれた人はありませんでした。
雪崩の発生は残念でしたが、スポーツコムが好きでホームゲレンデとして通われた人も多かったと思います。
Posted by 現在東京在住 at 2020年07月04日 22:39
雪がない時には、ここにはゴルフの打ちっぱなしやラジコンのサーキットがあって、何度か自分も遊びに行きました。
Posted by 名無しの権兵衛 at 2023年04月01日 09:31
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