(左)国道158号に面した立地。(右)ゲレンデ下、センターハウス前から見上げるゲレンデ。
春は寂しい季節だと思う。真っ白に輝いていた山々に、斑な雪解け跡があらわれ、風景はなんとなく埃っぽくなる。そしてわが身を春の日差しにさらせば、冬の間に着々と準備していた人たちには、スキーにうつつを抜かしていたことを見透かされそうな気がする。そのうえスキーシーズンも終わりに近づき、このブログのアクセス数もさすがに減少気味……。
国道158号の安房トンネルができてから、飛騨方面が近くなった。松本から梓川を遡り長い安房トンネルを通って、平湯温泉スキー場の傍らから平湯トンネルに入る。トンネル出口から少し下った左手に立派な建物が見えるのが、かつての「ひだ乗鞍ペンタピアスノーワールド」のセンターハウス。前方の山腹には営業を続けている「ほおのき平」のゲレンデが見える。
90年代に開設されたという雰囲気を漂わせるつくり。国道に面した駐車場。そして、センターハウスへの階段通路。立派なセンターハウスは、いまはトレッキングの基地としての役割を果たしているため「五色ヶ原入山口」と掲示されている。その脇を通り過ぎてゲレンデに出ると、やや不釣合いのようにゲレンデはコンパクトだ。最大斜度28度のバーンからはリフト施設はすでに撤去され、リフト券売場の建物が左手に所在なげに建っていた。
ひだ乗鞍ペンタピアスノーワールドは1997年(平成9)、旧丹生川村の村営スキー場として、ペアリフト2基を備えてオープン。第三セクターや指定管理者による公設民営方式で運営した。しかし1998年度の18,500人をピークに2003年度は10,700人にまで客数が減少。年間約2,000万円の赤字が続いたため、2004年度(2005シーズン)から営業を休止し、2007年1月に廃止となった(岐阜新聞(2006.11.29)による)。
「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」には「乗鞍岳山麓の北西斜面にあり、安定した積雪量とサラサラのパウダースノーがウリ。通年型山岳リゾートをめざして今後も拡張が続く」と記載されているが、結局「今後の拡張」はないままに終わってしまった。スキーヤーオンリーだったのでファミリーにも安心して利用できて、接客やレストランのメニューにも工夫が凝らされていたようだ。ほおのき平のエスケープゲレンデのような存在でもあったらしい。(現地訪問:2010年3月)
(左)センターハウス前。前方に見える建物はリフト券売場。
ラベル:ペンタピア
色々なスキー関連のサイトは見るのですがこの様なサイトは初めてです。長野県に住んでいますが全く知らないゲレンデやら懐かしい想い出のあるゲレンデやら様々です。
さて岐阜県のスキー場ですが新穂高ロープウェイも追憶のスキー場ではないでしょうか。初めて先輩に連れて行かれコースの険しさに驚愕した反面、その雄大さに圧倒された想い出があります。
もし機会がありましたら是非記事の掲載を希望したいと思います。
※新穂高・・・平成2~3年頃、支店若手有志で合同家族旅行をしました。妻はスキー⇔私はレストハウスで子守。あの時の乳飲み子が、来年早々結婚します。旅館街の道路と川に挟まれた露天風呂。混浴にビックリ!奥さん達は皆遠慮する中、旦那衆はマッタリ。若い女の子の度胸にはビックリでした。
仮眠施設もあって、夜にみんなで過ごしたのも良い思い出です。
冬なのに、なぜかグラススキーで滑ってる人がいたり、バレエスキーの練習をしている人がいたりと、少し変わったところもありました。
ペンタピアは、開発中に取材に行った記憶があります。ゆくゆくは乗鞍岳に向けてゴンドラを架設する計画と聴いて、当時から景気は悪かったので、その実現性については、やや心配していました。
それでも、現在はトレッキングの基地として、グリーンシーズンの営業ができている、ということなので、ちょっとほっとしました。
これからも愛読させていただきます。
東海北陸道ができてから岐阜県のスキー客は奥美濃に流れ飛騨方面は厳しくなりました。小規模で施設の更新ができないところと市町村合併でいくつもの施設を維持できなくなったせいで一気に廃止が進みました。
いまや岐阜県北部の飛騨地方は面積の広い市が三つほどに集約されました。
市町村が維持できるゲレンデも当然減ることになったようですね。
飛騨地方のゲレンデが厳しい中で朴の木は集客力もあるようですし良くやっていると思います。
スキーシーズンをあきらめてグリーンシーズンのトレッキングなどに方向転換するところが目立ちますね。