(左)ヘリポートとレストハウス。(右)奥に見える音楽の森ガレージハウスが第1トリプルの乗場だったようだ。
草津温泉街の中心に位置する湯畑。そこを流れる湯量を見ると、さすがに草津は日本を代表する名湯だという感を強くする。大震災による原発事故の状況を見ていると、火山国特有の地熱発電など、もっと自然の力を有効に使ったエネルギーの確保が出来ないものかと考えてしまう。
草津国際スキー場から北側に谷を隔てたところにあった音楽の森スキー場。「★★の森」という名称に共通にみられるように、ここも林間の緩斜面中心のスキー場だった。「日本のスキー場・東日本編'91(山と渓谷社)」には、草津スキー場の項で「天狗山レストハウス前からシャトルバスで数分、『音楽の森スキー場』は幼児連れファミリーの専用区域。平均4度(最大8度)の大緩斜面1000mのコース3本に、トリプルリフトが2本。メインエリアとは一味違う、静かな林間の『音楽の森』は利用価値大である」と紹介されている。
草津国際の一部としてリフト券も共通だったようだが、音楽の森と草津国際とは客層にかなり違いがあったのではないだろうか。スキー場としての営業休止は1990年代半ばと思われる。その後、冬はクロスカントリーコースとして使用されているようだ。また、スキー場の傍らにヘリポートがあって、以前は本白根山や渋峠までツアースキー客を運んでいた。
(左)第1トリプル側のゲレンデ(ゴルフコース)。(右)1993シーズンの草津スキー場のゲレンデマッブには、右側に音楽の森スキー場と2本のトリプルリフトが記載されている。
4月中旬、まだ雪の残る草津国際スキー場の天狗山レストハウス前には、「下部ゲレンデは営業終了、上部ゲレンデは営業中」という旨の掲示がされている。「草津音楽の森コンサートホール」を示す案内板に従って県道55号に右折し、谷沢川に架かる橋を渡る。その先、一段左に上がるったところにヘリポートがあり、左にレストハウスや第1トリプルの乗場であったと思われる建物が残っている。その先には、リフトがすっかり撤去された切り開きの跡が残っている。右手のまだ雪の残るゴルフ場のコースがスキーゲレンデだったのだろう。振り返ると温泉街が眼下に広がっていた。
県道に戻り、さらに進んで左折すれば草津高原ゴルフ場のクラブハウスが目の前にあらわれる。スキー場としてのレストハウスでもあったであろうクラブハウスの裏には「音楽の森第2トリプルリフト」という文字がかすかに読み取れる建物があった。こちらも山側に向けて一直線に樹林が切り開かれていて、ここにトリプルリフトが架けられていたのであろうが、いまはリフトの施設はすっかり撤去されている。その左手に広がる、まだ雪をまとったゴルフコースがスキーのコースでもあったのだろう。夏はゴルフ、冬はスキーという形態をとっていたのだろうが、そのかたちのスキー場はやはり無理があったような気がする。ただ、1000mもの長さの緩斜面は家族連れには楽しかったと思う。(現地訪問:2011年4月)
(左)右手にゴルフ場のクラブハウス。その奥にある建物は第2トリプルの乗場だった。(右)第2トリプルリフトの跡。樹林の切り開きが一直線に続く。
ラベル:音楽の森