2012年12月21日

おおすごスキー場(福島県会津若松市)

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(左)県道沿いの駐車場入口にある案内板。前方にゲレンデが見える。後方の稜線まで広がる、意外と奥行きのあるスキー場だった。(右)ゲレンデ最下部にあったコンクリートの遺構。

会津若松市街から東山温泉街を通り抜け、県道湯川大町線を南下する。東山ダムとそのダム湖の湖畔を通り過ぎると「WELCOME」と書かれた案内板が道沿いに立っていた。絡みあったツタが表面を覆い隠しているが、おおすごスキー場の案内板だ。その右手には従業員駐車場・大型バス駐車場などの掲示。「駐車場直進」の案内にしたがってさらに進めば、右手にゲレンデマッブを兼ねた案内板と、第1・2・3駐車場への誘導看板があった。駐車スペースはかなり広く確保されていたようだ。湯川の流れを挟んだ対岸の、山腹の北斜面にゲレンデの跡が認められた。山々はすでに紅葉の盛りを過ぎている。草木が繁り、ゲレンデは半ばその中に飲み込まれそうではあるが、まだ何とか痕跡を残している。

先ほどの「WELCOME」という案内板までもどると、湯川を渡って西側の山腹に取り付く林道が分岐している。この林道を進むとゲレンデ直下と思われる場所に出た。トップに向かって左手にコンクリートの基礎部分が残っていたが、リフト乗場なのか、何かの建物の跡か、わからなかった。レストハウスなどの建物やリフトの支柱などはきれいに撤去されているが、ナイター照明の鉄塔だけが当時そのままに残されているのがもの悲しい。ゲレンデ斜面は背の高いススキに埋もれている。

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(左)中腹の「レストハウス鷹」。スキー客相手の店だったと思われる。(右)第1ロマンスリフト終点と思われる場所。さらに前方の山稜に向けてゲレンデは広がっていた。

さらに林道はゲレンデ左側の山中を上って行く。そして、大巣子というスキー場の名前の由来でもある集落の中で右折する。大巣子集落には人の気配がなく、廃村に近い状態ではないかと思われた。畑には作物があったから、出造りのようなかたちで農作業の時期にだけ上がってくるのかもしれない。集落の奥にある大巣子神社に手を合わせてから林道をさらに進む。すぐに右手にスキー客相手だったと思われる「レストハウス鷹」の建物、そしてその先の左手一段上には第1リフトの終点と思われるコンクリートの痕跡があらわれた。見上げると上部ゲレンデのコース痕跡が認められた。さらに進んだところにある分岐点を右へ進めば、「(左)前坂コース・(右)谷地平コース」と書かれた大きなコース案内板が残っていた。さらに上部にゲレンデ跡とナイター照明の鉄塔が見えるが、林道を使ってたどり着けるのはここまでだった。

このおおすごスキー場は1988年12月にオープン。1980年代までは前回紹介した東山温泉スキー場が営業していたが、それに代わるものとして登場したと思われる。その時代、東山温泉の冬の誘客手段として、スキーは欠かせないと考えられたのだろう。1997年春までのわずか10年足らずの営業期間だった。

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(左)前坂・谷地平のコース分岐を示す案内板。

「skier'91 日本のスキー場・東日本編(山と渓谷社)」には「今年で3シーズン目を迎えるおおすごスキー場。会津若松東山温泉から車でわずか10分たらずの場所にあり、昼はスキー、夜はのんびり温泉につかるというパターンの休日が過ごせるのが魅力。上野から列車で3時間。ウィークエンドスキーも充分に楽しめる距離にある。今シーズンはスノーマシン5台を設置して、雪不足に悩まされた昨シーズンの汚名挽回」と紹介されている。最上部からは猪苗代湖・吾妻山・磐梯山が一望できた。初級から上級までどのレベルでも充分満足のいく滑りが楽しめると記載されている。また、「すいている穴場」という紹介もされていて、経営状況は厳しかったことを推測させる。ポール練習が可能であったことから、通いつめたポール派もいたようだ。ペアリフト2基(751m、710m)、キャリエース2基の施設があり、標高差440m、最大斜度35度、最長滑走距離2kmであった。

スキー客・温泉客誘致を目指しながらあっという間に消えていったスキー場。山中にある廃村に近い大巣子という山間の集落は、このゲレンデの推移をどのように見守っていたのだろうか。みぞれ混じりの小雨が降りはじめ、冬の訪れが間近であることを感じさせる晩秋の山の中では、そんな郷愁を感じざるをえなかった。(現地訪問:2012年11月)
posted by 急行野沢 at 09:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 福島県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして
こちらのスキー場、スキー大会で
2回程行きましたが
あまりいいコースでは無かったですね
いつの間にか無くなっていましたが
バブルで血迷って作ったのかな
Posted by 横浜立ち枯れ at 2012年12月22日 10:55
そうですね。今回現地を見ましても、少々無理がある斜面構成だったのかな、という気がしました。
Posted by 急行野沢 at 2012年12月23日 20:47
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