2016年12月13日

北飯山スキー場(その2)(飯山市)

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資料を整理していたところ「北飯山スキー場」のパンフレットが出てきた。各種料金も時代を感じさせるもの。宿泊申込みをハガキ(料金7円)で行う仕組みだったり、貸靴のサイズ記入が〇文だったりするのも面白い。年代は記されていないのではっきりしない。ただ、このスキー場が営業していたのは1964年12月〜1976年春までのことで、その間ハガキ料金が7円だったのは1966年7月〜1972年1月まで。したがってその間の1970年前後のものと思われる。

「遠くに三国の山なみを望み近くに関田の山脈を眺め眼下に詩情豊かな千曲川の雪景色は、格別目にしみる豪雪地として知られる豊かな積雪に恵まれ、特に当北飯山スキー場は、スキー場としての絶対条件である北向スロープで1日中粉雪で積雪の変化がなく、スキーヤーには最高のスキー場であります」と案内されている。

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(左)斜面からは関田山脈の山並が望める。

さらに「広大なゲレンデは初心者、中級者には最適であり、又、宿はスキー場の麓に位置し詩情豊かな寒村での民宿で、冬の夜長コタツを囲んで想い出を語る旅情は雪国の素朴な人柄と共にスキーヤーの心の故郷でもあり、奥信濃北飯山の宿ならでは味わえないものでしょう」とある。

リフトは第1リフト(300m)・第2リフト(400m)のシングル2基があった。リフト2基で「広大なゲレンデ」とは少々無理があるかもしれない。ただ、第2リフト終点のすぐ南側はいまはなき飯山国際スキー場に隣接していて、両者を結ぶロープトロイカも整備されたという。両者を合わせると確かに広大な規模にはなるのだが。

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(左)第1リフト乗場。コンクリート部分だけとなった。(右)第2リフト乗場。ヤブに覆われていたが、ほぼ前回訪問時と変わらない。

前回、本ブログで取り上げたのは8年近く前のこと。そのときはリフトの残骸などがよく残っていた。その後、飯山方面に出かけた際に足をのばしてみたところでは、痕跡は少しずつ消滅しているような気がしていた。

あらためて北飯山スキー場跡を探索してみる。第1リフトの乗場は機械類が取り外され、コンクリート部分だけが残されていた。周囲は以前よりもヤブが生い茂っていて、リフトの痕跡を追うのに少々苦労する。少し上にある第2リフト乗場は、以前とあまり変わらない様子で残っていた。

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(左)第1リフト中間部の鉄塔。(右)第1リフト終点部分。

第1リフトの中間鉄柱はほぼそのまま残っていて、それを追っていくと前回はレポートできなかった第1リフトの終点部分を見つけた。草木に覆われているものの、そのままの様子でよく残っている。以前は一段高い台地上に第2リフト中間部の鉄塔が残されていたがそれは取り壊されてしまったようだ。第2リフトのそこから上部の痕跡は探ることができなかった。かすかに第2リフト沿いのコースの跡らしいものが見つかったが、あまり確かなことはいえない。

見渡すと周囲の山々は白くなりかけていて、周囲のスキー場は準備真っ盛りといったところか。北飯山スキー場跡地も日影には雪が残っていたが、やはりいまスキー場として存続していたら、積雪に難があるゲレンデになっていただろう。(現地訪問:2016年12月)

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(左)以前は第2リフト中間部の鉄塔が残っていたが、綺麗になくなっていた。(右)第2リフト沿いのコースの痕跡と思われる場所。

こちらもご覧ください→「北飯山スキー場(その1)」
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