2015年06月13日

敦賀国際スキー場(福井県敦賀市)

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(左)国道161号沿いにある敦賀国際スキー場の廃墟と化した建物。大型車も前を頻繁に通過する。ゲレンデは建物の裏側。(右)ゲレンデ側から見た下部の建物。

関西(滋賀県)と北陸(福井県)を結ぶルートさまざまあるが、国道161号もそのひとつ。県境の滋賀県側には営業を続ける国境高原スキー場があるが、それと国道を挟んで相対する場所にあったのが敦賀国際スキー場。国道沿いにあるため目に付きやすく、多くの廃墟マニア的サイトに画像が掲載されている。いまさらではあるけれど現地を訪れてみた。

「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」には以下のように紹介されている。「京都から車で2時間。R161に面する初中級向けスキー場。ゲレンデは初級、中級、上級コース各1コースずつ」シングルリフトが1基あった。

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(左)ゲレンデ左手にあるリフト。部分的に新しく見える。(右)側面から見たゲレンデ全体。規模は小さいもののさまざまなコース取りができそう。

国道沿いのスペースに車をとめて、ゲレンデに向かう。向かい合う国境高原は、並列に何本ものリフトが並び現役の貫禄を見せている。大型車も頻繁に行き交う国道を渡り敦賀国際の前に出る。国道沿いに建ち、至るところガラスが割れて廃墟と化している「敦賀国際スキー場」と書かれた建物は、リフト1基のスキー場にはやや不釣合いに大きく思える。レストランや宿泊施設であったようだ。向かって左手には三角尾根のロッヂ風建物。貸しスキーなどいくつかの建物が並び立っている。

左手には一段高く駐車場がとられていて、そこから程近く、ゲレンデトップに向かって左側にシングルリフトの残骸が残っている。チェアははずされているものの、機器や支柱・ワイヤーなどは稼動時そのままだ。最上部のリフト降場まで見通すことができる。左手の山腹はゲレンデをつくる際に造成したためだろうか、土が削り取られた斜面がむき出しになっている。ゲレンデ規模は思っていたよりも小ぶりだが、さまざまなコース取りができたようすが見て取れる。

2003シーズンを最後に閉鎖となった。滋賀・福井県境付近には他にもいくつものゲレンデが点在している。その影響もあったのだろうか。この規模では集客にも限界があったということだろうか。(現地訪問:2015年6月)

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(左)ゲレンデ中腹から見下ろす。建物の向こう側には国道を挟んで、国境高原スキー場が広がっている。
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2013年12月04日

ファミリースキー場オース(福井県福井市)

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(左)スキー場へのアクセス道。幅は狭いが滑り止めの凹凸がある。(右)斜面下には休憩舎。

このスキー場は厳密にいえば「追憶のゲレンデ」として取り上げるべきではないのかも知れない。というのも、一度もスキー場としての役割を果たしていないから、ここでスキーを楽しんだ追憶をもつ人もいないからだ。

「ファミリースキー場オース」は豪雪地帯の振興を図る旧国土庁の「雪国快適環境総合整備事業」の一環として、福井市と合併した旧美山町が総工費2億5500万円をかけ92年に着工。13,000平米を整備し94年に完成した。しかし、スキー場へのアクセス道路が幅4メートルしかなく、冬季に通行できなくなるなどの理由で開業できず、一度も利用されることなく2007年3月に廃止となった。その後、福井市は2007年8月27日に国・県に補助金への返納を発表。当然ながら無計画かつ無駄な公共事業の典型として批判をあびた。スキー場の設備として用意されたのは、ロープトウ1基、照明施設4基、20台分の駐車場。コースは全長180mであった。

過去に訪れた人のネット上の記録なども参考にして、晩秋の一日、現地を訪ねた。所在地は福井市所谷町。国道158号の旧道から越美南線小和清水駅付近で左折、芦見川に沿う谷を東に進み「リズムの森」を目指す。「リズムの森」というアスレチック・キャンプ場などを備えた施設の1本南側の東西に走る山際のか細い道、ここから南に向かって谷を登って行く舗装道を進む。途中の分岐は右へ。滑り止めのための凹凸のついた舗装道がスキー場斜面下まで導いてくれた。

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(左)斜面の下から見上げる。(右)ゲレンデ脇に用意されていた駐車場。

到着して驚いたことに、スキー場の斜面はオフロードバイクのコースと化していた。斜面を数台のバイクが轟音を立てて走り回っていた。斜面下には「休憩所」と看板が下げられた建物。その前で車をとめると、場違いな奴がやってきたと思われたのか、つなぎ姿の青年が近づいてきた。彼に尋ねると、確かにここがスキー場の跡地のようだった。しかし、「いまは私有地であり、何より危ないからあの斜面に立ち入ってはいけないよ」といわれた。もとより、バイクが走り回っている場所に立ち入るつもりはないのだが。

見上げる斜面はローブトウ1本架けるにはちょうどいいくらいの規模で北東向き。斜面下の建物はスキー場の休憩所として建てられたものだろうか。少し下って脇にはいると20台ほどの駐車場のスペースがあった。そして、その脇からも横向きに斜面を見ることができた。ナイター照明の支柱が空しく立っているのが印象的だった。適度な斜度で、ゲレンデとしては小規模であるがファミリー向けなら悪くないと思った。問題はやはりアクセス道だろうか。狭くて急で積雪時には厳しい道になるだろうと思われた。(現地訪問:2013年11月)

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(左)斜面の横から見上げる。ナイター照明の支柱が立っている。(右)「リズムの森」の前から。右手の山中にゲレンデがある。
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2013年01月12日

六呂師高原スキー場[再開](福井県大野市)

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(左)広い駐車場の向こうにゲレンデ。(右)ゲレンデ下部には、ペアリフト乗場のほか六呂師ハイランドホテル・うらら館の建物。

昨年末に六呂師高原スキー場の経営破綻が伝えられた。安全祈願祭も済ませ、スキー場オープン数日前になっての事業停止という例は他に聞いたことがない。年末年始には約100人のホテル宿泊予約があったがすべてキャンセルをしたという。2月には大野市民総合体育大会も予定されていた。

昨年12月26日の新聞報道によれば「福井県大野市南六呂師の六呂師高原スキー場や隣接する六呂師ハイランドホテルなどを運営する六呂師高原協業組合が事業を停止し25日、福井地裁に自己破産を申請したことが分かった」と報じられた。事業停止したのはスキー場、ホテル、隣接する温浴施設「うらら館」、ミニ動物園を持つ円山公園、六呂師高原サン・フィッシュランド。六呂師高原スキー場は1924年ごろ地元青年会が整備。3コース(最長滑走距離約1800メートル)を設置し、ファミリー向けゲレンデとして親しまれてきた。当初はスキー場のみを経営していたが、通年型リゾート施設を目指しホテルをオープンさせていた。

ピークにあたる1996シーズンには来場者数は約13万人に上っていたが、後発のスキー場との競争激化やリフト・ホテル設備の老朽化の影響などで、2007年以降の来場者数は年間2万人を割り込んでいた。「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」には「六呂師ハイランドホテルをベースにしたリゾート型スキー場で、日曜日は早朝5時30分から、週末はナイター営業が24時まで延長される。日帰りスキーヤーにはスキー場内にトロン温泉『うらら館』の露天風呂がある」と紹介されている。この時代にはペア1基・シングル2基のリフト施設があった。

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(左)1基だけ稼働していたペアリフト。(右)ホテル前から見たリフト乗場。左奥には妻平ヒュッテ。

経営破綻が伝えられた直後の年末、現地を訪れてみた。大野と勝山の東側丘陵を走る県道26号からスキー場へのアクセス道に入る。広い駐車場を取り囲むように、ヒュッテ・ハイランドホテル・うらら館などの施設が配置されている。最後まで稼働していた1基のペアリフトはチェアもそのままに、すぐにでも動き出しそうだ。見上げるゲレンデは適度な斜度の広い1枚バーンで、快適な滑走が楽しめそうだ。良い意味でのローカルな雰囲気を残す一方で、リゾートホテルなどの新しい施設も混在している。ゲレンデの右手中腹にはハーフパイプが設置されていた。青少年自然の家や自然保護センターなどの立派な施設も隣接している。

スキー場だけでは厳しいとの判断から、リゾートホテルをつくり通年型リゾートを目指したのだというが、ファミリー主体の大規模とはいえないゲレンデの雰囲気にあった運営の仕方があったのではないかと邪推してしまう。広い駐車場には車の姿はなく、片隅に置かれた圧雪車が所在なさげに見えた。(現地訪問:2012年12月)

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(左)ゲレンデ中腹にはスノーボードパークがあった。(右)「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」を参考に作図。

【続報】
コメント欄に情報をお寄せいただいた通り、新聞報道によれば、限定的ではあるものの本年12月から再開される。現在すでにリフトは撤去されているが、「スキー体験施設」として緩斜面に簡易リフト(Tバー)2基も設置。ゲレンデに隣接していた温浴施設「うらら館」も営業再開する。また、グラススキーも可能とし、通年型スポーツ施設となる計画だ。再開されたら、ぜひ訪問してレポートしてみたい。(2016年10月)
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2012年03月21日

森山高原スキー場(福井県大野市)

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(左)遠景から見たスキー場全体。(右)ゲレンデ下からゆるやかな斜面を見上げる。

昔ながらの風情や町並を残し「小京都」と呼ばれるような町は、平野部から一歩内陸に分け入った小盆地に位置することが多いように思う。福井県大野市もそうした町のひとつ。大野城の城下町であり、北陸の小京都と呼ばれ、寺町通りや武家屋敷など歴史ある町並を残している。また、町内の至るところに名水が湧いていることでも知られている。

大野盆地を取り囲む山並には、スキージャム勝山・雁が原・六呂師・九頭竜などのスキー場が林立している。それらの中で、盆地の南端に位置していた森山高原スキー場はひときわ地味な存在だったと思う。現在までの調査では開設・営業休止の年月ははっきりしない。2000シーズンのスキー場ガイドには掲載があるから、営業休止は直近10年以内と思われる。

シングルリフト1基とポニーリフト1基、初級コース主体の緩斜面が1枚。「スキーヤー100%」という表示のあるガイドブックを見たことがあるから、スキーヤーオンリーをウリにした時期もあったのかもしれない。混雑とは無縁の初級者の練習用ゲレンデであったようだ。地元の学校の授業でも使用されていたらしい。

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(左)ゲレンデ下には除雪をしたと思われる重機。レストハウスの建物は健在。

大野市郊外の小集落の裏手のような場所。スキー場直下までの道は除雪され、その除雪をしたであろう重機が置き去りにされていた。ゲレンデ下のレストハウスの建物はそのままだったが、リフトはきれいに撤去されていた。見上げるゲレンデは緩やかで均一な斜面。ゲレンデ下部からは目の前の杉林が視界を閉ざしているが、上部からは大野盆地とそれを取り囲む山々の眺望が楽しめたことだろう。(現地訪問:2012年3月)
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2012年03月10日

勝原スキー場(福井県大野市)

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(左)国道158号沿いには登山者の車。左奥にロッジの建物があるが、進入路は除雪されていない。(右)ゲレンデ下にはトイレと登山案内。右手奥にもリフトと上級コースがあった。

深田久弥が著した日本百名山のひとつ、荒島岳。百名山に名を連ねる山々の中では幾分地味な感じがする。しかし、白山の他にもうひとつ故郷の石川県加賀市に近い山を入れたいという気持ちがあったのだろう。福井県唯一の百名山である。その荒島岳への登山ガイドは、必ずといってよいほどこの勝原スキー場のゲレンデを登ることから始まっている。

福井の平野をうるおす九頭竜川が、大野の盆地に流れ出す直前の谷間。その北斜面に位置していたのが勝原スキー場。1963年に開設。2009シーズンを最後に営業を休止し、2010年春には廃業となった。他のスキー場との競争やスキー人口の減少のほか、雪不足にも悩まされたようだ。ペアリフト2基を備えたファミリー向けの日帰りスキー場という位置づけだったのだろう。最盛期には金・土曜日にナイター営業もあった。

福井ICから35km、大野市街からは10kmほどなのでアクセスは楽だったはずだ。一方、JR越美北線勝原駅には「勝原スキー場徒歩10分」という掲示があるが、1日上下各5本しか列車がないローカル線ではスキーに出かけるのには使えなかっただろう。以前は越美南線(現・長良川鉄道)と結び、東海と北陸をつなぐはずだった路線だが。

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(左)ゲレンデ下から第1ペアと初級コースを見上げる。(右)ゲレンデ中腹から第1ペア乗場を見おろす。

快晴の3月の休日。勝原スキー場直下の国道158号沿いには10台以上の車がとめられていた。雪の荒島岳への登山者のものだろう。駐車場への侵入路は除雪されておらず、ツボ足で進んでみる。左手の一段上にはロッジの建物が廃墟のようになっている。ゲレンデ下にはスキー場の案内ではなく、荒島岳登山者への注意書きと登山地図、そしておもに登山者の使用を想定していると思われるトイレの建物。

右手には第1ペアの乗場と支柱が残り、なだらかな斜面が広がっている。ファミリーには最適なゲレンデだっただろう。さらに右手奥にはもう1本ペアリフトがあり30度の壁がある上級コースがあったはずだが、そちらは一足先に廃止されていたようだ。そうしているうちにもゲレンデ下から歩き始めた登山グループがあった。(現地訪問:2012年3月)

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(左)越美北線・勝原駅には勝原スキー場の案内が。


[追記 2014年12月2日]
「荒島岳に登ったときにリフトの滑車跡らしきものを撮ってきました」とコメントをお寄せいただいた市橋さんから、その画像が届きましたので掲載いたします。

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ラベル:勝原スキー場
posted by 急行野沢 at 01:00| Comment(7) | TrackBack(0) | 福井県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする