2020年02月23日

峰の原高原リゾート(須坂市)[再開←2020シーズン営業休止]

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(左)北アルプスの眺望が素晴らしい。(右)ゲレンデ手前の広い駐車場。(いずれも2019/11)

以前レポートした番所ヶ原に続き、台風19号の被害により今冬営業休止となったスキー場をもうひとつ。須坂市の峰の原高原スキー場。同スキー場のホームページでは以下のように告知されている。「峰の原高原リゾートでは、今シーズンのグランドオープンに向け、全力にて準備を進めて参りましたが、今シーズンについてはやむを得ずクローズとすることを決定させて頂きました。理由としましては、先日の台風19号によるリゾート内の被災箇所の復旧工事が、今シーズンのオープンまでに間に合わないと判断したためです。」

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(左)ゲレンデ下部のレストハウスなどの施設(2019/11)。(右)右手のブラウンライン沿いのゲレンデを見上げる(2020/2)。

「今後は、来年シーズンのグランドオープンに向け、被災箇所の整備や施設の準備などを行っていく予定です」、そして「地球環境に優しい持続可能なリゾートの運営を目指す」としている。「峰の原高原スキー場は MINENOHARA KOGEN RESORT へ生まれ変わりました」とも告げられていて、パークなども充実させる計画だったようだ。その矢先に台風被害によって、営業休止になった。

峰の原スキー場には、1990年代後半から10年ほどの間に数回滑りに出かけた。子どもが幼少の頃、託児施設をはじめファミリー向けのサービスが充実していたことが大いに助かった。すり鉢状の地形にペアリフトが3本。その割にコースバリエーションは多い。リフ1本あたり、3本ほどのコースがある。どのコースを滑っても最後はすり鉢の底に下ってくるので、ゲレンデ構成からもファミリーには最適。記憶に残っているのは晴れた日の北アルプスの展望が素晴らしかったこと。

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(左)イエローラインリフトの下から見上げる。(右)ブルーラインリフトの下から見上げる。(いずれも2020/2)

久しぶりに峰の原に立ち寄ってみる。11月に訪れたときには秋晴れ天気のもと、広い駐車場から後立山連峰の眺望が得られた。駐車場の奥に進み、ゲレンデ下から斜面を見上げてみるが、被害の状況はよくわからなかった。いくつかの施設の被害やゲレンデの土砂流出などがあったらしい。台風19号の被害ということなので、来シーズンは復活すると信じている。(現地訪問:2019年11月、2020年2月)

【続報】
2021シーズンは経営を刷新して営業の予定。「リワイルド・ニンジャ・スノーハイランド」として、営業を再開する。
ホームページでは「“火の玉変身の術”や、“空中浮遊の術”など、地球の引力や雪・氷といった自然とアソブ、全く新しい雪山エンターテイメント施設が長野県須坂市に誕生しました。ゲレンデ=滑る に留まらない、『雪山でアソブ!』を存分にお楽しみください」とPRしている。

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2020年02月11日

飯綱高原スキー場(長野市)[ラストシーズン 2]

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今シーズンが最後の営業となる見込みの飯綱高原スキー場へ滑りに出かけた。1月に数日間だけ開業したものの、その後、雪不足で長らく休業していた。ここ数日の積雪により、全リフト稼働。この日を逃すと、もう滑る機会がなくなるかもしれないと考え、何はともあれ滑りに出かけた。その後、今後の積雪が見込めないことから2月16日が最終営業日となることが告げられた。

ラストシーズンの滑走記録は →こちらをご覧ください。

posted by 急行野沢 at 21:00| Comment(0) | 信越沿線 営業休止のスキー場 | 更新情報をチェックする

2020年01月07日

飯綱高原スキー場(長野市)[ラストシーズン]

ローカルTVのニュースや地元新聞の報道によると、飯綱高原スキー場の今シーズン限りでの閉鎖が決定したようだ。長野市が譲渡先を探していたがそれも見つからず、今冬がラストシーズンになる。長野市民のホームゲレンデであり、個人的にも最も多く足を運んだゲレンデである。思い出は数知れない。最近は雪不足により営業日数が極端に短くなっていて、それが大きかったと思う。近々、訪問してラストシーズンの滑りを楽しみ、またレポートしたいと思う。

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昨シーズンの様子(2019年2月)

こちらもご覧ください → 「飯綱高原スキー場(長野市)[ラストシーズン 2]」
posted by 急行野沢 at 23:04| Comment(2) | 信越沿線 営業休止のスキー場 | 更新情報をチェックする

2018年08月31日

黎明期の飯山のスキー場(その2)(飯山市)

前回に引き続き、「飯山スキー100年史(飯山市、2012年)」を参考にしながら、黎明期に飯山にあったスキー場を見ていきたい。

■大聖寺スキー場
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(左)大聖寺。(右)北飯山駅から大聖寺の裏の斜面を見上げる。

飯山市街地の北西にあり、昭和2年以降、全日本大学スキー大会の会場に数回なったという。場所は「神明ヶ丘スキー場の北方1.5kmほどの所にあり、曹洞宗大聖寺の裏山である」と記されている。北飯山駅の北西にある大聖寺の裏(西側)の丘陵斜面と思われる。この付近には寺院が集中しており、前回の英岩寺などと同様、寺院の裏山を利用したスロープだったのだろう。

■四宮スキー場
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(左)光明寺。(右)光明寺の小丘陵を西側斜面を見上げる。

戸狩野沢温泉駅の南西側、常盤の光明寺のある小丘陵の西側斜面にあったという。戸狩区の雪上運動会や分校の体育の授業などで昭和40年代まで利用されたようだ。西側の麓から見上げると、適度な斜度をもった丘陵となっている。

■長峰スキー場
現在の長峰工業団地付近にあったという。昭和6年に第4回全日本小学校スキー選手権大会がおこなわれた。正確な位置はわからないが、「長峰・南原工業団地」という案内板から針湖池あたりにかけての長峰山の北斜面にあったのではないかと推測している。

■塔ノ原スキー場
昭和5~6年に全国に紹介されるようになったという。飯山鉄道が後記の神明ヶ丘スキー場に誘客したのに対して、長野電鉄はこの塔の原スキー場をさかんに宣伝したようだ。場所は千曲川の東岸、其綿集落の裏(南側)、虚空蔵山783mの西側あたりの斜面ではなかったかと推測している。千曲川の側から斜面を見上げるとスキーに適した斜面に見えた。

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(左)「長峰・南原工業団地」の案内板。このあたりから右手奥にかけての斜面が長峰スキー場だったのか。(右)其綿集落とその背後の斜面を見上げる。このあたりが塔ノ原スキー場か。

2回に分けて、飯山市街地付近の黎明期のスキー場について見てきた。いずれも市街地に近い、ほんの小丘陵のような場所である。現在の大規模なスキー場と比べると、子どもの遊び場程度の斜面に思えるが、スキーの原点を思い起こさせてくれた。

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→ こちらもご覧ください 「黎明期の飯山のスキー場(その1)」
posted by 急行野沢 at 23:00| Comment(0) | 信越沿線 営業休止のスキー場 | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

大平スキー場(その2)(中野市/旧豊田村)

上信越道・豊田飯山IC近くにあった大平スキー場。本ブログでは7年ほど前に取り上げた。その後、近くを車で通ることはよくあるものの、立ち寄ることがなかった。

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(左)コンクリート部分だけが残されたリフトの痕跡。(右)リフト下からゲレンデがあった斜面を見上げる。

先日、通りすがりに立ち寄ってみると、リフトの痕跡がコンクリート部分だけになっていて驚いた。以前は機器類やワイヤーなども残っていたけれど、それらは撤去されたようだ。いつかヤブ漕ぎをして上部の様子も知りたいと思っていたが、草木の生い茂るこの季節にはそれも難しかった。

前回も触れた伯父の遺品の中から、豊田村にあった大平・涌井両スキー場の案内書を発見した。「今冬開設される…」と記載されているから、開設年の1968年につくられたものと思われる。

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(大平スキー場・涌井スキー場の案内書から)

案内書によれば、大平スキー場へは飯山線+バスにより長野駅から40分でアクセスできる。とすれば長野駅から最も近いスキー場ということになる。積雪さえ確保できれば、長期にわたり長野市街に近い便利なスキー場となっていただろう。

なお、案内書には同村内にあった涌井スキー場についても掲載されている。涌井スキー場にはトロイカ1基があったが、「未開のスキー場です」と書かれているのが面白い。こちらの方が大平スキー場よりも先に閉鎖されることとなった。

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(大平スキー場・涌井スキー場の案内書から)

立派な案内書もつくられていて、豊田村としては観光集客の目玉として力を入れていた様子がうかがえる。農林業以外にはさしたる産業もなかったと思われる地域にとっては、スキー客による冬期の収入は非常に大きなものだったと思われる。(現地訪問:2016年7月)

こちらもご覧ください→「大平スキー場(その1)」