2009年04月26日

聖高原第2スキー場(その1)(麻績村)

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(左)リフトの痕跡が前方のピークまでのびている。 

聖高原がさかんに開発されるようになったのは1970年代だっただろうか。当時、中学校の友人たちと聖湖畔で夏のキャンプ生活をした記憶がある。1976年には、篠ノ井線麻績駅を「聖高原駅」と改称したくらいだから、当時の地元の開発への意欲がうかがえる。しかし、最近は再び由緒ある「麻績」に駅名を戻してもいいのではないかという話も漏れ聞いた。

そんな聖高原の一角、聖湖から旧大岡村方面に向かったすずらん湖畔、三和峠付近に少し古いスキー案内書や地図だとリフトの記号が記載されている。ここにあったゲレンデは、聖高原第2スキー場(別名:すずらんゲレンデ)とされ、聖湖に近い第1スキー場(現在も営業中の聖高原スキー場)と区別されていた。残念ながら営業当時に訪れる機会はなかったが、長野方面からも松本方面からもアクセスはかなり悪い場所ではある。はっきりとわからないが、1968年に営業開始。1993シーズンには少なくとも営業を中止していたようだ。ここからすぐ西にあり、来シーズンで営業終了が決まっている聖山パノラマも似たようなアクセス条件にある。 
 
聖湖から三和峠に向かう途中の左側のすずらん湖の湖畔を約半周すると、「奥聖水芭蕉園」の立札がある。地元の努力により水芭蕉の群生地になったものだと聞く。ここから湖畔を離れて左の山中に車を進めると、この水芭蕉園の最上部に出る。ここから少し山腹を登ると、リフト乗場と思われる平地に出るが、リフト乗場の痕跡を示すものは何も残っていない。地図によれば、正面に見える小ピーク(1308m峰)に向かってリフトがかけられていたようで、そのリフトの跡と思われる場所が山頂に向かってまっすぐ切り開かれている。ゲレンデは山頂に向かってリフトの左側にあったようで、最大斜度30度の上級コースはここにあったのだろう。背の高いススキがその場所を覆っている。もう1本平坦地にも初級コースのリフトがあったようだが、その痕跡もよくわからない。

地元では、植林などして豊かな森林に戻す取組みをしているらしい。まさにゲレンデの痕跡は自然の中に消え去ろうとしているが、その一方、湿原では白い水芭蕉の花がちょうど見頃を迎えていた。

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スキー場跡地は水芭蕉園に生まれかわっている。

こちらもご覧ください→「聖高原第2スキー場(その2)(2016年3月17日)」

2009年04月19日

柏原(伊勢見山)スキー場(信濃町)

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(左)伊勢見山の丘陵南西斜面。 (右)ゲレンデがあった場所は上信越道が横切っている。

信濃町の中心地である柏原は、俳人小林一茶の出身地としても知られている。その一茶が、50歳で故郷永住を決意した時の有名な句。
「是がまあ つひの栖(すみか)か 雪五尺」

それくらいこの地は雪深く、ちょっとした斜面でもあればスキーができたほどだったと思う。その典型のようなゲレンデが伊勢見山スキー場だった。

伊勢見山スキー場は信越本線黒姫駅(1968年までは「柏原」という駅名だった)の東、信濃町の町役場の間近にある小丘陵「伊勢見山」の南西斜面に開かれていた。リフト1本だけの小さなスキー場だったが、駅から近かったこともあって、小学生のころ(1960年代後半)には父親に連れられて何回か出かけた。長野から旧型客車を連ねた編成の信越線の列車に乗り、柏原で下車。その時代のつねとして、駅からはスキーの道具を担ぎ、歩いてゲレンデに向かった。黒姫山麓にその後開かれた黒姫高原スキー場より早く1963年12月に開設され、1993年まで営業していたようだ。徐々にスキー客誘致の中心は黒姫高原に移り、当時も近場の子どもづれが楽しむ程度のゲレンデだったのではないか。その頃はこんな駅から近い場所にもスキー場がけっこう多かったと思う。

「'86 SKI GUIDE(山と渓谷社)」には以下のように紹介されている。「2~3万年前に生息したナウマン象の化石が発見され話題になった野尻湖の湖畔にある。伊勢見山(標高759m)に10haが町を一望できる山頂から、中級者向きの伊勢見山スロープ、初中級者向きの中央スロープとなって広がる。同一町内に国鉄黒姫駅を間に黒姫スキー場が相対しており、混雑を避けたファミリー、地元の小中学生、講習会などが専門に利用している。リフト券は黒姫・柏原の両スキー場で利用できる共通回数券を採用」

信濃町役場の北にある信越病院の四つ角から北東にある丘陵の方向を見ると高い木のない一帯があるが、そこが伊勢見山スキー場の跡地。ゲレンデには低い木々が茂り自然に還ろうとしている。1基だけあったリフト(300m)やその他の施設の痕跡もなく、現在はゲレンデだった場所を上信越道が横切っていて、当時をしのぶよすがは少ない。私の持っている古い5万分の1地図(1/5万地形図「戸隠」昭和58年1月30日発行)にはこのスキー場のリフトが掲載されている。現在、伊勢見山には遊歩道がつくられていることが、信越病院の四つ角に掲示されていた。

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(左)伊勢見山の遊歩道の掲示。