2018年08月10日

黎明期の飯山のスキー場(その1)(飯山市)

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長野県民が「雪の多い町」といって思い起こすのは、まずは飯山ではなかろうか。豪雪地なので古くからさまざまなスキー場が存在していた。それらについて詳しく記しているのが「飯山スキー100年史(飯山市、2012年)」である。スキーの歴史を記した本には、意外とスキー場についての記載が少ないのだが、この本では充実している。

すでに本ブログで取り上げたスキー場や、現在も営業を続けているスキー場ももちろん掲載されているのだが、興味深いのは黎明期のスキー場である。まだ、スキーが伝わって間もない頃は飯山市内にあるちょっとした丘陵の斜面がスキー滑走の場となっていたようだ。ただ、これらも昭和30年代にリフトが整備された近代的なスキー場が開発されると姿を消していったという。この本を参考にしながら、そのスロープが現在どうなっているのか、場所がある程度特定できる範囲で見ていきたいと思う。

■片山スキー場
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(左)片山稲荷。右は「飯山市文化交流館なちゅら」。(右)高台から片山丘陵の北西斜面を見おろす。

同誌によれば「明治45年1月24日、高田師団スキー行軍隊がスキーの実演を行い、飯山の人たちが初めてスキー滑走を目撃した記念すべき日となった」とある。また、初の全信州スキー大会が大正13年に当地で開かれたという。現在の飯山駅北側、『飯山市文化交流館なちゅら』の西側に片山稲荷神社のある小丘陵がある。その場所は、この小丘陵の北西斜面だったということだ。

丘陵の北西側にまわってみると『市立飯山図書館』『手すき和紙体験工房』などの建物が立ち並び、その向こうに斜面が見える。現在のスキー場の規模から考えると、距離はわずかななものに見えたが、スキーをするのには適度な斜度と思えた。

■城山スキー場
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(左)西側斜面の道脇に「長野県スキー発祥の地」の看板がある。(右)本丸跡から西側への斜面。

「明治45年1月23日に市川達譲(妙専寺住職、飯山中学校教諭嘱託、レルヒ少佐のスキー講習会に参加)が『城山に登り、飯山中学校側の斜面を下って学校に出勤した』と手記に書いていますので、飯山で最初のスキー場といえます」とある。大正2年にはスキー競技会が開催されている。

飯山市街地にあり、飯山城跡として公園風に整備されている丘陵である。西側斜面から上る車道脇には「長野県スキー発祥の地」という看板も設置されている。また、「本丸から帯郭へ降りる階段をスロープとして練習しており、城山全体が練習場として使われていたことがうかがい知れます」とある。案内板のある西側斜面をはじめ、飯山城本丸があった最上部から各方向に適度な斜度があり、山全体がゲレンデであったこともうなづける。

■英岩寺スキー場
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(左)南側から見た英岩寺とその裏山。(右)北西側から見た英岩寺の裏山。

「『市川達譲氏は英岩寺山に於いて生徒にスキーを教授しつつあり成績頗る良好といふ』と昭和45年2月3日付信濃毎日新聞に記されている」とある。場所は北飯山駅から北に向かい、国道292号に出る途中、右手にある英岩寺の裏山にあったようだ。まさに里山の斜面のスキー場という感じがした。この付近には寺院が集中している。それらの裏山は黎明期には格好のゲレンデとなったようだ。

■坊主山スキー場
旧飯山国際スキー場付近とされている。面積が広く、当時は県下一の規模を誇っていたという。本ブログの『飯山国際スキー場』も参照願いたい。

■神明ヶ丘スキー場
後の飯山スキー場の場所にあった。現在の市営ジャンプ場を含む位置であり、飯山市街地のすぐ西側にあたる。本ブログの『飯山スキー場』も参照願いたい。

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(左)坊主山の斜面。旧飯山国際スキー場。(右)市営ジャンプ場を見上げる。

iiyamaimg001.jpg飯山市内の黎明期のスキー場地図。
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2018年06月28日

野沢温泉スキー場のリフト改廃(その4 山頂部)(野沢温泉村)

野沢温泉スキー場の廃止リフトについて、山麓部・中間部の稚拙なレポートを掲載したのは2月のこと。案の定、事情に詳しい方々からのご指摘をいろいろいただいた。山頂部については、さらに正確さを欠く話になりそうで躊躇していた。

雪解けを待って車で上ノ平まで上がってみたが、新たな発見はほとんどなかった。推測の域を出ないレポートだけれど、詳しい方々からのご指摘をいただく契機にでもなればと思う。

■第20ペアリフト
日影ゴンドラ上ノ平駅駅付近から、上ノ平ゲレンデ上部に向けてに掛けられていたリフト。現在の上ノ平ゲレンデの最下部をカバーしていたと思われる。

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(左)日影ゴンドラ上ノ平駅前。このあたりから前方に架けられていたのではないだろうか。(右)上ノ平フォーリフトから上ノ平駅付近を見おろす。
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■上ノ平第1リフト
チャレンジリフトから接続して、その上部に架けられていたリフト。当時のチャレンジリフトは現在のチャレンジペアよりも少し短かったのではなかろうか。現在の呼び方では、パラダイスゲレンデ下部左側ということになる。正確な位置はわからないが、左手にロッヂなどが立ち並ぶあたりを横切っていたのだろうか。

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(左)現在のチャレンジペア降場。この付近を通り上部に向かって架けられていたはず。(右)左手にはロッヂなどが立ち並ぶ。
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■上ノ平ロマンスリフト
上記の上ノ平第1の中間点あたりから上部に向かっていたリフト。終点は現在の上ノ平フォー乗場あたりか。付近はパラダイス上部の快適な斜面である。

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(左)上ノ平フォーリフト乗場付近。(右)パラダイス上部の快適な斜面を上から見おろす。
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■第21・22ペアリフト
現在の上ノ平フォーリフトでカバーされる位置にペアリフトが2基あったと思われるが、上ノ平フォーより東側に位置したのではないだろうか。第22は山頂部に向かってやや左の斜面に架かり、第21との接点は巣鷹湖への道が分岐するあたりだったのではないか。

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(左)第22が架かっていたと推測する斜面を見上げる。(右)第21は少し東側のこのあたりに架かっていたか。

■上ノ平第2リフトA・B線
現在のパラダイスフォーでカバーされる場所にあったと思われる。

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(現地訪問:2018年2月・6月)

こちらもご覧ください → 野沢温泉スキー場のリフト改廃(その1)  野沢温泉スキー場のリフト改廃(その2) 野沢温泉スキー場のリフト改廃(その3)
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2018年05月16日

北竜温泉ファミリースキー場(飯山市)

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(左)センターハウス前にあったゲレンデマップ。文化北竜館に隣接していた第2ゲレンデの表記はすでにない。(右)2年前に廃止された第2ゲレンデ(2016年2月撮影)。

2017年秋に同スキー場のHP上に以下のような告知がされた。「いいやま北竜温泉スキー場は2017-2018シーズンをもちまして営業を終了いたします。昭和37年から55年間にわたりご愛顧いただきありがとうございました。『シニアもキッズもみんなのプライベートゲレンデ』のラストシーズンをお楽しみください。」

本ブログでも取り上げた通り、2年前には少し離れた場所にあった第2ゲレンデが営業休止となっていて、スキー場の存続は厳しいなかなという気がしていた。位置的には野沢温泉の手前にあり、バブル期あたりにはエスケープゲレンデという位置づけもあったのだろうか。いまではまったく客層の違うゲレンデと考えた方がいいだろう。

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(左)駐車場付近から見たスキー場全体。リフトの左右に数本のコースがある。(右)ゲレンデ下にあるセンターハウス。

「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」には「北竜湖スキー場」として、以下のように紹介されている。「野沢温泉の麓、北竜湖畔に広がるゲレンデ。文化北竜湖山荘を中心にしたファミリースキー場。ビッグゲレンデをもつ野沢温泉スキー場とはまたひと味違う環境。最大40度の斜度をもつチャンピオンコースあり。」リフトは第1ゲレンデにペア1基、第2ゲレンデ(2年前に廃止済)にシングル1基。

第1ゲレンデには、四半世紀ほど前に一度滑りに来たことがあるだけ。ペアリフトの両側にさまざまなレベルに応じたコースがあって、規模から感じるよりは楽しめるスキー場だった記憶がある。宿泊施設である文化北竜館は少し離れた北竜湖畔にあり、そのあたりの不便さもあったと思う。しかし、大きなゲレンデでガンガン滑るのとは違った、静かな冬の休日を過ごすにはよいところではなかったかと思う。

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(左)ペアリフトとそれに沿ったAコース。(右)ペアリフト降場からAコースと山麓部のセンターハウス、駐車場をみおろす。

せっかくなので、営業終了まで1ヶ月を切った3月の平日に最後の滑りに出かけた。センターハウスで尋ねると、確かに今シーズン限りの営業ということだった。ポール練習をしている20人ほどのグループがいたが、それを除くと一般客は私ひとり。「ファミリースキー場」と称しているけれど、平日だったせいか、山麓部のキッズランドなどにもファミリーの姿はなかった。

ペアリフト両側のA・Bコースはポール練習の人たちが滑っていたのでそれなりのゲレンデ状態であったが、それ以外はゲレンデ整備も万全とは思えず寂しさも感じた。リフト上部からは関田山脈の山並を、意外な美しさで眺めることができた。

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(左)ペアリフト降場からBコースを見おろす。前方に関田山脈の山並を望む。(右)営業終了後の様子(2018年5月)。

営業終了から1か月ほど経過した5月初旬、再び同スキー場を訪ねた。まだ、リフト施設やセンターハウスなどそのままの状態。リフトは搬器を外してあるが、解体撤去などはこれから行われるのだろうか。(現地訪問:2018年3月・5月)

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2018年03月16日

やまびこの丘スキー場(木島平村)

木島平スキー場に隣接する「やまびこの丘スキー場」が2018シーズンの営業を休止している。少し前までは「池の平ゲレンデ」という名前で、木島平と高井富士の連絡コース的な位置づけでもあったが、ここだけでもクワッド1基(862m)・ペア1基(443m)がV字状に配置され、それなりの規模をもっていた。

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(左)遠景から見た第1クワッド沿いの斜面。(右)ゲレンデ下部への進入路。前方に第1クワッド・第2ペアの乗場、左手にホテルの建物がある。

どちらかというと木島平スキー場の一部という感じが強く、リフト券も木島平と共通の時期が長かったと思う。12月に木島平に滑りに来た時に、「やまびこの丘 営業休止」の掲示を第2ペアあたりで見かけた気がする。北側にはグリーンシーズンに花々や各種体験ができる「やまびこの丘公園」やクロスカントリー競技場が隣接している。

比較的スキーヤーの多い木島平と、スノボ中心の高井富士の中間に位置していたが、過去に滑った感じでは、スノーボーダーが多かった印象がある。クワッド沿いは適度な緩斜面で、初中級の練習に適していたように思う。客層からすると、スノボが多い高井富士と一体化するのがいいと思っていたのだが。

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(左)雪に埋もれた第1クワッド乗場。(右)第2ペアも搬器を外され雪の埋もれている。

あらためて2月下旬、やまびこの丘を訪れてみる。クワッド・ペア両リフト乗場直下にあるホテルは、近隣のゲレンデへの送迎によって営業を続けているようす。ちょうど夕刻の時間帯だったので、木島平や高井富士からの送迎バスが到着していた。ホテル入口に並んでいるのは、スノーボードばかりであった。

ゲレンデは圧雪されず新雪の状態のまま。2本のリフトは搬器をはずされた状態。乗場の小屋も雪に埋もれている。施設面からは当然ながら、来シーズン以降の復活も可能だと思われる。木島平・高井富士両ゲレンデの間で、どうやって魅力を出すのか難しい立ち位置のゲレンデだとは思うけれど。(現地訪問:2018年2月)

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(左)営業していた頃の様子(2014年1月)。第1クワッド上部から見おろす。
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2018年02月25日

野沢温泉スキー場のリフト改廃(その3 中間部)(野沢温泉村)

前回に引き続き、野沢温泉スキー場の廃止リフトについてのレポート。今回は中間部の廃止リフトについて見ていきたい。リフトの設置場所についてはいまひとつ自信がないので、過去の情報に詳しい方がいらしたら、ご指摘をお願いしたい。(→コメント欄のDOKAさんのご指摘により、リフト場所の記載について修正しました。ご指摘ありがとうございます)

■長坂第3リフト
1987年版の資料によると長坂ゲレンデから長坂ゴンドラ中間駅にかけて、ゴンドラとほぼ平行してこの長坂第3リフトが描かれている。リフト乗場やルートも「あのあたりだったか」と推測する程度のことしかできなかった。乗場は長坂フォー中間部あたり、降場は長坂ゴンドラ中間駅付近だったという。現在の長坂ゴンドラ中間駅によって機能は代替できそうだが、牛首・黒鞍あたりを集中的に滑りたい人には重宝されたのだろうか。

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(左)前方左下に長坂ゴンドラ駅が見える。その少し上部から右手の山上に向けてリフトがあったと思われる。(右)長坂フォー中間部。乗場があったのはこのあたりか。
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■日影第3リフト
日影ゲレンデから、現在のパラダイス下部をつないでいたリフト。こちらもだいたいの位置を推測することしかできなかったが、乗場は日影フォーよりも上部(以前の日影第2の上)、降場はパラダイス中間部にあったという。日影ゴンドラでその機能はほぼ代替できそうだが、かつては野沢の代名詞でもあったシュナイダーコースを滑る人には便利なリフトだったのだろうか。

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(左)日影ゲレンデ。前方に見える山上に向けてリフトが架かっていたはず。(右)日影フォーリフト中間部。乗場はフォーリフトよりも上部にあった。
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■湯ノ峰第2リフト
現在の湯ノ峰ペア(湯ノ峰第1リフト)終点から、上ノ平ゲレンデ上部に向けて架けられていたリフト。湯ノ峰や水無は野沢では隠れ家的な場所で、個人的には好きなエリア。しかし、このエリアから脱出するには非圧雪の牛首・黒鞍コースに挑むか、平坦な道を半ば歩くようにパラダイス下部に出るしかない。このリフトがあれば、容易に上ノ平に戻れるのに、と思う。

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(左)湯ノ峰第1リフト(湯ノ峰ペア)降場。この付近に第2リフトの乗場があったはず。(右)上ノ平ゲレンデ、やまびこ駅直下。湯ノ峰へのブナ林コースが分岐する。リフトの終点はやまびこ駅よりも上部の小毛無ゲレンデ右下にあったという。

次回、山頂部のリフトについて取り上げたい。

こちらもご覧ください → 野沢温泉スキー場のリフト改廃(その1) 野沢温泉スキー場のリフト改廃(その2) 野沢温泉スキー場のリフト改廃(その4)
posted by 急行野沢 at 22:19| Comment(5) | 飯山線沿線 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする