2019年04月24日

八ヶ岳グレステンサマースキー場(原村)

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(左)八ヶ岳自然文化園の正面入口。(右)園内地図。スキー場も示されている。

原村にある八ヶ岳自然文化園にあるグレステンサマースキー場が営業を終了した。同園のホームページ場にて以下のように告知された。「平素はいつも『八ヶ岳グレステンサマースキー場』をご利用いただき誠にありがとうございます。さて、突然ではございますが、2018年11月25日(日)をもちまして『グレステンスキー場』の営業を終了する事となりました。(中略)当園の営業は継続いたしますので、引き続きご利用いただきますようお願い申し上げます」

グレステンスキーとは「グランジャー」と呼ばれる特殊な車輪をつけた陸上スキー用具を付けて、雪上スキーと同じ運動で滑るもの。同園HPでは「全長190m、最大斜度8度、平均斜度4度のコースに、グリップ性・衝撃吸収に優れた専用マットを敷いており、初心者から上級者まで楽しんでいただけます。レジャーとして楽しむだけでなく、カービングターンもできるなど、スキープレーヤーの夏季の練習にもピッタリ」と記されている。

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(左)ゲレンデ最下部から上部を見上げる。(右)ゲレンデ下部には受付などをしていたと思われる建物。

雪上ではごまかせていた自分の欠点がダイレクトに感じ取れるとされていて、「雪上では感じ取れなかった何かが必ず感じ取れるはず」でレベルアップに有効とされている。営業時期は4月下旬〜11月下旬(雪が降るまで)。私は体験したことがなかった。

昨年12月上旬、まだ雪のない原村を訪れた。同スキー場は八ヶ岳自然文化園の園内にある総合リゾート施設で、パターゴルフ場・マレットゴルフ場のほか、プラネタリウムのある自然観察科学館等を備えている。園内を散策するのは自由のようなので、正面入口から左に進んでみると緑色のマットを敷いたサマースキー場があった。降雪は少ない場所だろうから、冬期のスキー場というものは設置できなかったのだろう。

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(左)ゲレンデ中間部までのロープトウ(?)。(右)最上部から見おろす。

緩斜面ではあるが、見た目には思ったよりも距離の長い斜面に緑色のマットが敷かれている。最下部には、利用受付や用具の貸出をおこなっていたであろう建物がある。その入口にはHPと同様の営業終了の文章が掲示されていた。最下部から中間部まではロープトゥのようなものが右手に用意されているが、それより上はどうやって登っていたのだろうか。

営業休止の理由はわからない。スキー人口が減少している中で、夏にこれでトレーニングするという人も減少していたのだろうか。暖冬という予想がささやかれる中、それでも見上げる八ヶ岳連峰の稜線は雪で覆われはじめ、冬の訪れを告げようとしていた。(現地訪問:2018年12月)

2018年07月20日

池のくるみスキー場(諏訪市)

現在、霧ヶ峰といってイメージされるのは車山周辺や八島湿原であったり、強清水あたりだろうか。池のくるみ(踊場湿原)はやや忘れ去られた場所になっているような気がする。車山や八島湿原は多くのハイカーで賑わうけれど、過去数回、踊場湿原の周回路ではほとんど人の姿を見た記憶がない。湿原の雰囲気は悪くないと思うのだけれど。

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(左)西端(最下部)から踊場湿原を見上げる。(右)トロイカが設置されていたと思われる湿原南側の斜面。

霧ヶ峰インター交差点から南下すれば、数軒のロッヂが建つ踊場湿原の西端を車道はかすめる。駐車スペースの傍らに「霧ヶ峰湿原植物群落」の説明板がある。東の方角を眺めれば、左右の緩やかな丘陵地に囲まれて前方に細長く湿原が広がっている。前方に見えるはずの車山やガボッチョという、ユーモラスな名前のピークは霧に隠れている。

この場所にスキー場があったことを知ったのは「長野県スキー史」の記載による。『池のくるみスキー場』には昭和7年(1932)にシャンツェを完成。昭和31年(1956)にスキーリフトが建設されたが利用客が少なく、33年取り外し、霧ヶ峰強清水へ第2リフトとして移設。こうして、池のくるみから強清水へと霧ヶ峰のスキーの中心地は移行していったと書かれている。

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(左)湿原南側上部からロッヂなどかある最下部を見おろす。(右)湿原周回路の東端付近から南側の丘陵を見る。

池のくるみがスキー場として隆盛であったのは、昭和7年から33年の間ということだろうか。その間に休憩所や山小屋も整備されるようになったようだ。昭和12年(1937)上諏訪駅から途中までバスも運行されるようになったが、バスを降りてもなお1時間歩かなければならなかった。

また、「冬の信州'76」には「ロープトロイカ 150m 30円」という記載があり、その後もスキー場として存続していた様子がうかがえる。湿原上部に向かって右手の小ピークに小屋があり、トロイカの機器が納められていたようだ。つまり湿原南側の北斜面がトロイカのあるゲレンデだったということのようだ。その斜面はゲレンデとして草刈りが続けられてきたらしい。

今回の訪問は、このトロイカ小屋が残っているか確かめる目的が大きかったが、残念ながら取り壊されてしまったようだ。その跡形もわからなかった。湿原南側の斜面は、やや距離は短いものの滑走には適度な斜面に見えた。しかし、静かな湿原を見ていると、多くのスキーヤーでこの地が賑わったことがいまではとても信じられなかった。(現地訪問:2018年7月)

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(左)強清水の霧ヶ峰スキー場。現在も営業を続けている。

2014年09月19日

岡谷塩尻峠スキー場(岡谷市)

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(左)国道20号の塩尻峠脇に掲げられた案内図。高ボッチへ向かう途中にゲレンデがあったと思われる(車道は荷直峠で終点)。(右)ゲレンデ最下部はこのあたりではなかったか。

「冬の信州(昭和28年度版)」によって、岡谷にもスキー場があったことを知った。同誌には岡谷塩尻峠スキー場が次のように紹介されている。「中央線岡谷駅から諏訪湖を眺めながら中山道を上ること約30分。塩尻峠峰の茶屋に着く。ここから約45分徒歩で尾根を北に進むと塩尻峠スキー場がある。ここは最近開拓されたスキー場で雪質良好。変化に富んだスロープが四通八達しスキーの醍醐味を味わうことができる。また、ここよりの眺望は東に諏訪湖をへだてて八ヶ岳・富士の秀峰を望み、西顧して日本アルプスの諸嶽を指呼の間に収め得ることができる」。

また、4年ほど前に「岡谷の歴史映像」という映像集がつくられ、その中に「岡谷スキー場」「岡谷塩嶺スキー場」の動画が収められた。少し前に岡谷市立図書館まで出かけて、DVDを借りその動画を見る機会を得た。ひとつは昭和15年(1940年)の動画だったが、岡谷スキー場でのスキー大会のようすらしかった。滑っている人々の道具や服装、滑り方は歴史を感じさせるもので、当然リフトなどもない様子だった。

もうひとつの動画は昭和26年(1951年)の岡谷塩嶺スキー場となっていて、岡谷駅から途中(おそらく塩尻峠周辺)まで満員のスキー客を乗せたバスが走るようすから収録されている。そこからはスキー場まで歩いたようだ。窪地状の斜面を楽しそうに滑っているようすが映っているが、やはりリフトなどはないようだ。ゲレンデから眼下に諏訪湖、そして周囲の山々の素晴らしい眺望が映し出されている。帰路は林道を滑り下ったようだ。なお、岡谷スキー場と岡谷塩嶺スキー場は、動画から見ると同じ場所に思える。

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(左)ゲレンデ下部から見上げた斜面(?)。(右)国道20号の少し北では中山道が越えている。

塩尻峠から北に続く尾根上にあるという見当はつくものの、正確な場所はわからない。現地に行ってみればわかるだろうと考え、9月の休日に塩尻峠へと車を走らせた。国道20号の塩尻峠から北に曲がり、さらに旧中山道を横切って進めば、マレットゴルフ場やキャンプ場のある「塩嶺野外活動センター」の前に出る。その施設で数人に尋ねてみるが「さあ、近くに60年住んでいるが知らないねえ」との返事。昭和26年といえば63年も前の話だから、知らなくても無理はない。

このブログでは、ゲレンデの位置をできる限り特定してきたが、残念ながら今回は自信がない。ただ、動画で見た地形や徒歩45分という距離から考えて、地図上の「東山」南側斜面一帯ではないだろうか。林道の東側に送電鉄塔が立つ平坦地があり、そこがゲレンデ最下部と推測した。いまは斜面も木々に覆われ痕跡はまったくわからないし、諏訪湖側も樹林によって視界が遮られている。動画で見た諏訪湖や富士山を眺めながらのスキーが、ほんとうに贅沢なものに思えた。(現地訪問:2014年9月)

*ゲレンデの位置についての情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、お教えくださいますようお願いいたします。

2011年09月18日

入笠山スキー場(富士見町)

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(左)鹿よけのネットの中にお花畑。その斜面がスキー場だった。(右)入笠山登山道からゲレンデを見おろす。

入笠山は古くから多くのハイカーに愛されてきた山だ。その魅力は八ヶ岳や南アルプスを間近に見る展望と湿原を彩る花々、そしてそれらを包み込む森林。首都圏からも適度な距離にある。現在では混雑期にマイカー規制がされるようになったが、その時期をのぞけば山頂直下の御所平駐車場まで車で入ることができ、30分の登りで展望の素晴らしい山頂に立つことができる。ただ、それだからといってこの山の魅力が損なわれたわけではない。小雨のぱらつく今日も、家族連れなどのハイカーを多く見かけた。ますます身近な山として親しまれていると思う。MTBのコースもあるし、冬期にも富士見パノラマスキー場のゴンドラを使い、一帯のスノーハイクするようすも、さまざまなサイトで確認することができる。廃止となった入笠スキー場の跡地を滑る人もいるようだ。

マナスル山荘などがある御所平から入笠山への登山道をたどれば、左手にはお花畑が広がる。多くの人がその地形から想像するとおり、ここはスキー場だった。見上げる斜面は夏はお花畑となる。鹿よけのネットがいまは張り巡らされているが、所定の入口から入って散策すれば、旧盆を過ぎたこの時期にもクルマユリを初めとする花々が咲いていた。見上げるゲレンデは適度な斜面で楽しい滑走だ楽しめそうだ。かつてはTバーリフトが設置されていたようだが、施設の痕跡はわからない。

もう一箇所、入笠湿原近くにもゲレンデがあった。山彦荘の前に広がる樹林のない斜面がそのゲレンデの跡。こちらも適度な中斜面だ。左手上部には、富士見パノラマのゴンドラ山頂駅があるはずだが樹林に遮られて見ることはできない。山彦荘で聞くと、こちらもTバーリフトを設置していたという。富士見パノラマスキー場が近くまでゴンドラを伸ばした時期と前後して、営業をやめたという。このほかにも、入笠牧場の斜面などを使ってスキーが楽しまれていたのだろうと思われる。そのような形態なので、スキー場の開設年月を特定することは難しいのではないかと思う。小山泰弘「長野県における休廃止スキー場の実態とその後の植生変化」によれば、入笠山スキー場の最終営業年は1999年となっている。富士見パノラマの山頂ゴンドラ設置はその何年か前だったと記憶している。

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(左)ゲレンデに咲いていたクルマユリ。(右)山彦荘の前、入笠湿原に隣接していたゲレンデ。

せっかくなので小雨の中、入笠山山頂まで登ってみる。当然のことながら一面の雲に隠れて展望は得られない。過去、何回か家族でも訪れているが、その都度360度の展望に恵まれた。しかし、小雨に濡れた樹林帯や湿原もしっとりした緑を描き出し、なかなか捨てがたいと感じた。(現地訪問:2011年8月)
ラベル:入笠山

2011年03月20日

美ヶ原スキー場(長和町/旧 和田村)

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(左)山本小屋から見る。右手奥の美ヶ原高原ホテルから左にくだる斜面がゲレンデだった。(右)美ヶ原高原ホテルの裏から斜面を見下ろす。向こう側の木立の手前あたりにロープトウがあったらしい。

「登りついて不意にひらけた眼前の風景にしばらくは世界の天井が抜けたかと思う。」

有名な尾崎喜八のこの文章は、美ヶ原高原の魅力を見事に表現しているけれど、それを実感するにはやはり、百曲や焼山沢から歩いて登るのでなければと思う。しかし、私も百曲や焼山沢を登ったことは数えるほどで、いつも山本小屋の前の駐車場に車をつけることになってしまう。ビーナスラインと美ヶ原林道が東西から延びているけれど、この山頂台地だけは車道の通過を辛うじて免れている。そんな美ヶ原高原の山頂台地の一角にスキー場があったと知ったのは「長野県スキー史」や「冬の信州1976」の記載によるもの。

「長野県スキー史(1978年)」によれば、「近年、和田村よりの路線が開通して以来、スキーシーズンは公認スキー学校を12月から4月までの長期にわたって山本小屋新館の美ヶ原高原ホテル内に常設し、公認スキー指導員が常時指導に当たっている。一般スキーヤーも山岳スキーの醍醐味が十分に楽しめるとあって、年々その数を増している。従来は山岳スキーツアーに重点をおいて指導してきたが、現在ではスキー技術面に重点を置き、初心者から上級者に至るまでユニークな指導をしている。雪質は標高2,000mの高度のために、乾燥粉雪で常に最高のコンディションで12月から4月末までシーズンが長く山頂一帯の銀世界にシュプールをつけられるよろこびは大きい」と記されている。

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(左)夏に牛伏山からのぞむ美ヶ原山頂一帯。右手奥に見える美ヶ原高原ホテルの左手窪地がゲレンデ。(右)美ヶ原高原ホテルの駐車場。その向こう側下の斜面がゲレンデだった。

「冬の信州1976」には「360度に展開するアルプスの展望台として、その眺望はすばらしい。初心者向き女性向きのスキー場である。200mのロープトウあり」と案内されている。同誌には「美ヶ原スキー場」の広告ページも掲載されている。その広告には「白銀のアルプス展望台。雲表の山岳ホテル。北欧風民芸調山岳ホテル『美ヶ原高原ホテル』収容160名」となっている。このページには、現在の美ヶ原高原ホテルから東にくだるスリバチ状の斜面の写真が掲載されていて、ロープトウもそこに設置されていたようだ。それほど広い斜面ではなく「初心者向き、女性向き」という案内があてはまる。スキーの魅力だけでなく、美ヶ原の展望台としての楽しみがそれを上回っていたかもしれない。

スキー場としての開設・廃止の年代ははっきりしない。あくまで推測だが、1980年代後半には営業をしていなかったのではないだろうか。

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(左)アンテナが林立する王ヶ塔とその右に北アルプスが連なる展望。

美ヶ原に上る車道はほとんどが冬期通行止めとなるが、旧和田村から上る道が一本だけ、冬期も山本小屋まで通じている。標高をあげていくと路面の積雪も増えていく。たどり着いた山本小屋の駐車場には20台ほどの車があり、スノーシューを使った冬のトレッキングを楽しんでいる人が多いようだった。美ヶ原高原ホテルまでは除雪がされており、その先、美しの塔あたりまで歩いてみたが、強い風で雪面が固められているのか、長靴でも歩くことができた。このあたり全体がスキーエリアといってもよかったのだろうが、ロープトウは美ヶ原高原ホテル脇の斜面にあったのだろう。確信がなかったので美ヶ原高原ホテルで聞いてみると、その通りのようで「向こうの木の手前あたりにロープトウがあったんですよ」。その頃は多くのスキーヤーで賑わったのではないかと思って聞いてみたが、「こんなところまでスキーに来る人は、なかなか多くはいなかったねえ」とのことだった。

まず目を奪われるのは、王ヶ塔の右に広がる北アルプスのほぼ全容にわたる展望。振り返れば蓼科と八ヶ岳、その右側にかすかに富士山も見える。晴天の冬の休日、至福の展望を楽しむことができた。(現地訪問:2010年8月、2011年2月・3月)