2015年04月11日

スノーヴァ足利(栃木県足利市)

ashikaDSC_0005.JPG ashikaDSC_0010.JPG
(左)パチンコ店などに隣接して、野州山辺駅前にある「栃木レジャーランド」がかつての「スノーヴァ足利」の跡。(右)野州山辺駅の高架ホームから見る。

「渡良瀬橋」という名前で思い出すのは、森高千里の曲。足利の中心街からその渡良瀬橋を渡って、川の南側へ。幹線道路から分岐して東武伊勢崎線の野州山辺駅前に出る。そのあたりの線路は高架になっていて、野州山辺駅も想像していたのとはイメージが異なる高架駅だった。駅の東側には広い駐車場をもつ大規模スーパーやパチンコ店があるが、その一角に「栃木レジャーランド」と書かれた建物がある。現在はゲームセンターになっているが、片流れの勾配屋根になっていてちょっとふつうの建物とは違う感じを受ける。この建物がかつては「スノーヴァ足利」という室内スノーボード場だった。

「スノーヴァ足利」は2000年10月にオープン。わずか2年足らず後の2002年6月30日には、親会社の事業計画の中で不採算施設として閉鎖された。北関東初の本格的通年型屋内スノーボード場として登場。東武伊勢崎線・野洲山辺駅より徒歩1分という立地。建築延床面積 3,461.16 u(1,047 坪)、構造・規模は鉄骨造り・2階建て、全長 60 m、幅 33 mの規模であった。隣地にはパチンコ店も出店し、一帯は複合商業施設として開発された。スノーボードのことはよくわからないが、当時滑った感想をネット上でいくつか知ることができる。「予想以上に小さい」「コースはやはり短い」「数ターンくらい」そして「すいている」。

ザウスなどに比べるとずっと規模は小さい。「栃木レジャーランド」に入ってみると、倉庫のような雰囲気で、以前は室内スノーボード場だった雰囲気が伝わってくる。店員に尋ねてみると、確かにこの建物がかつての「スノーヴァ足利」だったという。天井に傾斜がついていることが、この建物の履歴を示していた。

ashikaDSC_0013.JPG ashikaDSC_0025.JPG
(左)勾配のついた屋根がスノーボード場だったことを示している。(右)室内に入っても天井に傾斜があることがわかる。

ザウスのように、スキーに行くのに時間がかかりそうな湾岸地域に人工ゲレンデが立地するのは何となくわかる。しかし、ここ北関東では群馬・栃木の山間部のスキー場までそれほどの距離があるわけではない。「通年」の施設だったということだが冬に営業する理由は見当たらないし、夏であってもこの北関東の立地では集客が厳しかっただろうと思う。春3月とはいえ、少し寒さを感じる曇り空。季節のせいか、天候のせいか、少し殺伐とした雰囲気を感じる一帯を冷たい風が吹き抜けていた。(現地訪問:2015年3月)
posted by 急行野沢 at 23:11| Comment(1) | TrackBack(0) | 栃木県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月29日

日光菖蒲ヶ浜スキー場(栃木県日光市)

shobuDSC_0001.JPG shobuDSC_0002.JPG
(左)中禅寺湖。正面奥が菖蒲ヶ浜。(右)戦場ヶ原の冬景色。

世界遺産に登録された日光の二社一寺、そして背後には中禅寺湖・男体山・戦場ヶ原という豊かな自然。日光はやはり日本を代表する観光地だと思う。しかし、伊豆箱根・富士五湖・那須高原などの首都圏を取り巻く他の観光地にくらべると、いまひとつ渋い感じがするのはなぜだろうか。

そんな中禅寺湖北岸にあった日光プリンスホテルに併設されていたのが日光菖蒲ヶ浜スキー場。1993年12月に開業、2006シーズンから休業し、2008年にはホテルも営業終了となった。

真冬には閑散としているのではないかと思ったが、いろは坂を上って行く車はそれなりの台数があった。後でのぞいたら、日光湯元スキー場もファミリーを中心にそれなりに賑わっていたし、スノーシューを履いて戦場ヶ原の散策を楽しんでいる人も多い様子だった。一般の観光の延長で日光からここまで足を延ばしている人も多い。中禅寺湖畔や戦場ヶ原の冬の景観も素晴らしいと思う。

shobuDSC_0003.JPG shobuDSC_0011.JPG
(左)雪に埋もれた旧日光プリンスホテル。(右)ゲレンデ下から斜面を見上げる。

中禅寺湖東岸を走り、竜頭の滝の下から左に入る。日光プリンスホテルの建物前までは除雪されていたが、休業後そのままになっているホテルの建物は、ただ雪に埋もれているだけだった。そのホテルの右手に隣接して菖蒲ヶ浜スキー場の跡地があった。非常になだらかな斜面が一面の単純なゲレンデ。斜度は平均7度、最大14度。完全に初心者や子ども向けのファミリーゲレンデであったようだ。ここにトリプルリフトが架かっていたはずだが、斜面の規模からは不釣合いな感じがする。リフトは撤去され、斜面には雪が降り積もり立ち入ることはできなかった。

西武系のスキー場であったので、ひと通りの設備は揃っていたようで、ゲレンデ脇には食堂もあった。そしてゲレンデからは男体山の雄姿を真正面に望むことができた。小さな子どもを連れてホテルに一泊し、奥日光の冬の風景を満喫しながら、歴史遺産も見学する。そんな冬のプランに組込むとすれば、利用価値は高かったのではないだろうか。スキーだけを目的とするのではきびしいと思われるが。(現地訪問:2012年2月)

shobuDSC_0018.JPG shobuDSC_0019.JPG
(左)日光プリンスホテル前からゲレンデ方面を見る。ゲレンデは前方の木々の向こう側。
posted by 急行野沢 at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 栃木県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月12日

鶏頂山スキー場(栃木県日光市)

keichoDSC_0005.JPG keichoDSC_0009.JPG
(左)広い駐車場と鶏頂山荘。(右)駐車料金を徴収していたと思われる小屋が左手に。中央奥にはゲレンデが広がる。

1991年2月にメイプルヒルに来たついでに、翌1992年2月にはエーデルワイスに来たついでに鶏頂山も一緒に滑ったことがある。メイプルヒルとエーデルワイスに囲まれた小規模なファミリーゲレンデだったが、新設のスキー場にはない、歴史のあるスキー場に特有の落着いた雰囲気をもっていたのが記憶に残っている。メイプルヒル(1989開設)、エーデルワイス(1969開設)より早い1961年の開設。最大斜度18度、最長滑走距離900m。ペア2基、シングル1基、ロープ塔1基。

「日本のスキー場・東日本編 skier '91(山と渓谷社)」には「東京からの日帰りスキーヤーで賑わっている。メイプルヒル・エーデルワイス・スキーリゾートの両スキー場に隣接し、共通のリフト券がある」と記載されている。私も共通リフト券を使って、ゲレンデを渡り歩いたと記憶している。隣接するメイプルヒルと同様、経営母体の破産により2000シーズンを最後に営業休止、閉鎖となった。その後の事業継承会社により、リフト施設の撤去と自然の国有林に原状回復する取組みが進められた。

日塩もみじラインを鬼怒川方面から進み、メイプルヒルへの入口(いまは案内板はない)を過ぎてしばらくすると右に分岐する道があり、鳥居の下を進む。鳥居は鶏頂山奥宮への参道であることを示しているのだろう。ここにだけ「鶏頂山スキー場」の小さな案内板が残っている。ところどころ舗装が陥没している道をしばらく進むと、鶏頂山スキー場の広い駐車場に出る。傍らには駐車料金を徴収していた小屋も残っている。廃屋となっている鶏頂山荘の向こうには緩やかな斜面が広がっているが、リフト施設はすっかり撤去されている。山荘には貸しスキーなどかそのまま放置されていた。

keichoDSC_0018.JPG keichoDSC_0086.JPG
(左)ゲレンデを少し登り、鶏頂山荘を見おろす。(右)ゲレンデ最上部。いくつかのコースが前方にくだっていく。

鶏頂山への登山道がつけられている一番左のゲレンデを登っていく。クイーンコースという名前がついていたところ。ゲレンデの両側は樹林帯だが、登山道は雑草が覆うゲレンデの真ん中につけられている。この斜面下部にはロープ塔があったようで、その監視小屋のような金属製の小屋がゲレンデ脇に残されていた。さらにゲレンデの登山道を登っていけばリフトの終点だった場所に至る。ここから、4本ほどのコースが下部に向かって下っていたことが見てとれる。さらに樹林帯の中を少し進めば枯木沼に出る。木道が設けられた気持ちの良い湿地帯が広がっていた。このあたりが3つのスキー場の接点にあたるところ。上部右手がメイプルヒル、上部左手がエーデルワイスという配置だった。現在も営業を続けているエーデルワイスとの境界には、滑り込めないよう各所に柵が設けられていた。(現地訪問:2010年7月)
posted by 急行野沢 at 21:00| Comment(14) | TrackBack(0) | 栃木県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月06日

メイプルヒルスキーリゾート(栃木県日光市)

mapleDSC_0009.JPG mapleDSC_0157.JPG
(左)広い駐車場と立派なセンターハウス。その向こうにメインゲレンデ。

1991年2月に一度だけ滑りに来たことがある。1989年(1990シーズン)開設だからオープンして間もない頃。東京からも近いお洒落なスキー場として、まさに売り出したところだった。カナダ国旗に描かれているメイプルの葉をモチーフに、カナディアン・テイストの大きなセンターハウスと広い駐車場を備えていた。リフトもクワッド1基とペア3基という施設。しかし当日の斜面はカチカチのアイスバーンで、スキーではなくスケートをしているようだったのを覚えている。当日のコンディションがたまたま悪かっただけなのかもしれないが。最大斜度28度、最長滑走距離2,000m、99haの広さをもち、おもに中級者向けの斜面だったが、いまひとつインパクトのある斜面には乏しかったと思う。

「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」には「東京からクルマで150分とアクセスの良さがウリ。全長2kmの粉雪とカナディアン感覚で統一された新しいシティ派ゲレンデという色彩をもつ」と紹介されている。また、「日本のスキー場・東日本編 skier '91(山と渓谷社)」には「スキーリゾート先進国カナダをイメージして造られたスキー場。片斜面をすべて無くした徹底さに感心させられる。また、コブ斜面も少なくカッ飛び派には最高」と記載されている。カナディアン・テイストという日光・鬼怒川・塩原という日本の伝統的観光地と相容れないカラーになっているのも、バブル期にできたスキー場らしいといえるかもしれない。

経営母体の破産により2000シーズンを最後に営業休止、閉鎖となった。その後の事業継承会社により、リフト施設の撤去と自然の国有林に原状回復する取組みが進められた。隣接する「鶏頂山スキー場」と共通リフト券も販売されていたが、その鶏頂山もおなじ経営主体であり、同時期に閉鎖となっている。ただ、さらに隣接する「エーデルワイススキーリゾート」は現在でも営業を続けている。日塩もみじライン沿いにはさらに「ハンターマウンテン塩原」もあり、全盛期のスキーシーズンには、ところどころ凍結するこの道は大渋滞となっていた。

日塩もみじライン沿いの案内看板に「エーデルワイス」「ハンターマウンテン」の文字は見られるが、「メイプルヒル」「鶏頂山」の文字は見事に消されている。鬼怒川方面から日塩もみじラインをしばらく車で上って、それらしきところを右折すれば、「メイプルヒルスキーリゾート」と書かれたアーチの下のゲートは閉ざされている。その先には、廃屋となった大きなセンターハウスと広い駐車場がそのまま残されていた。ゲレンデの跡も認められ、ナイター照明施設もそのまま残っている。ただ、リフト施設はすっかりと撤去されていた。センターハウスと正面のメインゲレンデは、記憶にあるよりも大きな規模に思えた。

mapleDSC_0025.JPG mapleDSC_0030.JPG
(左)アカシアコース上部から下部を見おろす。(右)ゲレンデ最上部には、ゲレンデマップと小屋が残されていた。

一方、鶏頂山スキー場のゲレンデから枯木沼を経て、メイプルヒルの一番左にあったアカシアコースに出て、登山道に従ってゲレンデ最上部まで歩いてみる。コース沿いのポイントにはメイプル・鶏頂山・エーデルワイス3ゲレンデのコース地図が掲げられていて、左手(北側)の木の間越しにはエーデルワイスのリフトが見え隠れする。樹林帯を切り開いたゲレンデには雑草が茂っているものの、日差しが容赦なく照りつけている。最上部にも3つのゲレンデの地図とリフト施設に付随していたと思われる小屋が残っていた。ゲレンデ下部を見おろしても、あいにく雲に隠れていて状況はわからなかった。(現地訪問:2010年7月)
ラベル:メイプルヒル
posted by 急行野沢 at 01:00| Comment(15) | TrackBack(0) | 栃木県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

霧降高原スキー場(栃木県日光市)

P6230014kf.jpg P6230008kf.jpg
(左)第1リフト下に咲くニッコウキスゲ。関東平野を一望する。(右)第3リフト乗場。

日光の街の北側にある霧降高原は、ニッコウキスゲの季節が始まっていた。前回の霧ケ峰のレンゲツツジといい、まるで花めぐりをテーマにしたブログと間違えられそうだ。

霧降高原スキー場は1965年12月に市営スキー場として開業。スキー客の減少や暖冬による雪不足のため、2004年度から冬期の営業を休止した。話を聞いた売店のおばちゃんは「雪不足」を強調していたが、スノーマシンも何台かあったのではなかったかと、あとから思い返した。スキー場としての営業を休止したとはいえ、4〜11月の間は夏山リフトを運行しているので、錆びたリフト施設が朽ちている他の廃スキー場と様相は異なる。特にニッコウキスゲの季節には賑わいをみせる。

私は東京在住していた1991年1月に一度だけスキーに訪れたことがある。ひなびたローカルなスキー場という印象で、豪華なリゾート施設などとは程遠い雰囲気だったが、それはかえって好ましいものに感じられた。リフトはシングル4本。最下部の駐車場から上る連絡リフト的な第1リフト。第1リフトを降りたところにある高原ハウスがゲレンデの中心だった。高原ハウスの下にあったそりゲレンデ沿いに第2リフトが設置されていた時期もあるようだ。高原ハウスの上に2本並列で架かる第3リフト。このリフト沿いがメインゲレンデで3本ほどのコースが並列であった。その上の第4リフト沿いには最大36度の斜面があったが、ここは特に風が強いところでもあり、雪質は良いものの雪のつきが悪かった。関東平野を一望する雄大な眺めは素晴らしく、滑るのを止めて風景に見入ることもしばしばとなった。

夏にも2000年7月にニッコウキスゲを見に家族で訪れたことがある。その時は大変な人出で駐車場が満車状態。帰り際にこの地方特有の激しい雷雨に見舞われ、濡れネズミになった。今日も観光客でなかなか賑わっていて、ニッコウキスゲの季節としてはこれからがちょうど見頃だろう。なお、先日の報道によれば「日光市はこの市営リフト事業について、来年度末で廃止することを明らかにした。その後の観光振興策については、26万株のニッコウキスゲ群落を中心とした高山植物を生かした基本構想を今年8月をめどに作成する。」とのことだった。

P6230009kf.jpg  P6230001kf.jpg
(左)第3リフト下部から見上げたゲレンデ。上部は第4リフト沿いの最大36度の小丸山コース。 (右)高原ハウスの前にあったスキー場案内。
posted by 急行野沢 at 17:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 栃木県 営業休止のスキー場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする