2022年05月26日

那須温泉ファミリースキー場(栃木県那須町) 

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(左)ゲレンデ下から第1ペアと茶臼岳を見上げる。(右)路側にある駐車場。

本年1月の新聞報道で、那須温泉ファミリースキー場の営業が休止されることがわかった。「那須町は27日の定例記者会見で、湯本の町営スキー場『那須温泉ファミリースキー場』の営業を3月末で休止すると発表した。老朽化したリフトなどの修繕費が確保できないと判断した。今後は年間を通した誘客施設への転換に向け、跡地の活用法を検討する」とのこと(下野新聞)。

1961年に町営のスキー場として開業。1970~80のピーク時には毎年5万人ほどの利用者がいたが、近年は客足が減少。小雪だった2019年には1日もリフト運行ができなかった。今年3月にはリフト券とソリパークが無料となり、抽選会もある大感謝祭が開催された。

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(左)休暇村。(右)休暇村からゲレンデへの砂利道。駐車場は右側階段下。

私は1994年1月に一度だけ滑りに訪れたことがある。職場の仲間と東京から出かけ、1日目は羽鳥湖で滑って那須国民休暇村で宿泊。2日目は赤面山(白河高原)あたりに行く予定だったが、ひとりが体調を崩してしまい近場で軽く滑って帰ることになった。

休暇村のすぐ目の前にあり、当時は那須岳スキー場という名だったのではないだろうか。そのときはあまり積雪が多くなくて、雪質はあまり楽しめるようなものではなかった。緩斜面中心のリフト2本のコンプクトなファミリースキー場であり、じっくり滑るというよりは仲間で雪遊びするような感じで半日を過ごした。茶臼岳を間近に眺める素晴らしい景観が記憶に残っている。

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(左)ゲレンデ下にあるセンターハウス。(右)第1ペア乗場。

スキー場ガイドには以下のように紹介されていた。「茶臼岳南斜面山麓に開かれた那須温泉ベースのファミリー向きゲレンデ。首都圏から日帰り可能な距離にある」(オールスキー場ガイド2000、立風書房)直近ではペア2基、スノーエスカレータ1基を備えていた。

2017年3月に付近で発生した雪崩事故が記憶に新しい。春山登山講習会に参加していた高校生ら8人が亡くなった。スキー場のすぐ近くで発生したもので、大きな衝撃を受けた。そんな事故も暗い影を落としていたのだろうか。那須連峰を眺める景観だけでも、清々しい気分にさせるゲレンデであったが……。

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(左)ゲレンデ下から第1ペア上部を見る。(右)ソリゲレンデ。

5月にあらためて現地を訪問してみた。那須ICから茶臼岳のロープウェイを目指す。硫黄の匂いが漂ってくる。平日なのに殺生石あたりは。それなりの観光客の姿が見られた。休暇村の建物を左手に見ると、すぐに左側路側に駐車場があり、「那須温泉スキー場・駐車場」の掲示。車をとめて左手の階段を上ると、休暇村とゲレンデをつなぐ砂利道に出る。右手にわずかに歩くとゲレンデ下に出た。

ペアリフト2基はいずれも搬器が付いたままで、いまにも動きそうである。正面には茶臼岳がそそり立っている。左右に振り分けられたゲレンデはいずれも緩斜面だが、全体を見渡せるゲレンデレイアウトはファミリーゲレンデとしては最適だっただろう。茶臼岳に上っていくロープウェイの姿が見えた。小雨混じりの天候が、周囲の新緑をいっそう際立たせていた。(現地訪問:2022年5月)

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(左)第2ペア乗場。
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2019年04月29日

みよりファミリースキー場(栃木県日光市)

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(左)中三依温泉駅ホームから、右手にゲレンデが見える。(右)駅前広場から右手のガードをくぐりゲレンデへ。

スキー場メグラーの人々のブログなどを見て、このスキー場の名前は以前から知っていた。このようなスキー場の取り扱いは難しい。「追憶」といってしまっていいのかどうか。以前あったロープトウはいまや稼働していないようだけれど、ソリ遊び場のような形では存続しているのかもしれない。

いずれにしても現地を確認したいと思って出かけた。場所は、日光・鬼怒川方面と会津若松方面を結ぶ野岩鉄道・中三依温泉駅の目の前である。国道121号もすぐ近くを走っている。無人・交換駅のやや高い位置にある島型ホームから、眼下にゲレンデを見おろすことができる。駅前広場からは線路下のガードをくぐって、裏側にあるゲレンデに向かう。

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(左)駅ホームから見たゲレンデ全景。(右)左上は駅のホーム、右手にそば打ち道場の建物。

ゲレンデ下にある建物は「そば打ち道場」となっている。レストハウスも兼ねていたのだろうか。見上げるゲレンデは、トップを要とする扇形で、ごく小規模な緩斜面である。滑走距離は150mと書かれた資料を見たことがある。ゲレンデ上部には「みよりファミリースキー場」という文字がかすれた看板が掲げられていた。

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(左)ゲレンデ下。そば打ち道場の建物の向こうにレンタルスキーや券売の小屋。(右)草木が絡みついていたロープトウの機械。

ゲレンデ左下にはロープトウの機械が残っていたが、草木が絡みついていて、しばらく稼働していないことを物語っていた。その手前には券売所の小屋とレンタルスキーの小屋。「ポニーリフト料金 子供600円 大人1200円」とある。おそらくは1日券の料金だろう。そんな掲示くらいにしか、かつての賑わいを追い起させるものは見つけられなかった。

季節的なものかもしれないが、駅の周囲に人通りもなく閑散としている。駅名に温泉がついているのだからと、温泉を探した。すぐ近くに「男鹿の湯」という施設があったけれど、冬期休業。この男鹿の湯を中心に振興をはかろうとしているようなのだが、残念ながらスキー場がその一翼を担うことはもうないのだろう。(現地訪問:2019年3月)

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(左)ゲレンデ中腹から駅のホームが見える。周囲の風景もなかなか良い。
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2015年04月11日

スノーヴァ足利(栃木県足利市)

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(左)パチンコ店などに隣接して、野州山辺駅前にある「栃木レジャーランド」がかつての「スノーヴァ足利」の跡。(右)野州山辺駅の高架ホームから見る。

「渡良瀬橋」という名前で思い出すのは、森高千里の曲。足利の中心街からその渡良瀬橋を渡って、川の南側へ。幹線道路から分岐して東武伊勢崎線の野州山辺駅前に出る。そのあたりの線路は高架になっていて、野州山辺駅も想像していたのとはイメージが異なる高架駅だった。駅の東側には広い駐車場をもつ大規模スーパーやパチンコ店があるが、その一角に「栃木レジャーランド」と書かれた建物がある。現在はゲームセンターになっているが、片流れの勾配屋根になっていてちょっとふつうの建物とは違う感じを受ける。この建物がかつては「スノーヴァ足利」という室内スノーボード場だった。

「スノーヴァ足利」は2000年10月にオープン。わずか2年足らず後の2002年6月30日には、親会社の事業計画の中で不採算施設として閉鎖された。北関東初の本格的通年型屋内スノーボード場として登場。東武伊勢崎線・野洲山辺駅より徒歩1分という立地。建築延床面積 3,461.16 ㎡(1,047 坪)、構造・規模は鉄骨造り・2階建て、全長 60 m、幅 33 mの規模であった。隣地にはパチンコ店も出店し、一帯は複合商業施設として開発された。スノーボードのことはよくわからないが、当時滑った感想をネット上でいくつか知ることができる。「予想以上に小さい」「コースはやはり短い」「数ターンくらい」そして「すいている」。

ザウスなどに比べるとずっと規模は小さい。「栃木レジャーランド」に入ってみると、倉庫のような雰囲気で、以前は室内スノーボード場だった雰囲気が伝わってくる。店員に尋ねてみると、確かにこの建物がかつての「スノーヴァ足利」だったという。天井に傾斜がついていることが、この建物の履歴を示していた。

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(左)勾配のついた屋根がスノーボード場だったことを示している。(右)室内に入っても天井に傾斜があることがわかる。

ザウスのように、スキーに行くのに時間がかかりそうな湾岸地域に人工ゲレンデが立地するのは何となくわかる。しかし、ここ北関東では群馬・栃木の山間部のスキー場までそれほどの距離があるわけではない。「通年」の施設だったということだが冬に営業する理由は見当たらないし、夏であってもこの北関東の立地では集客が厳しかっただろうと思う。春3月とはいえ、少し寒さを感じる曇り空。季節のせいか、天候のせいか、少し殺伐とした雰囲気を感じる一帯を冷たい風が吹き抜けていた。(現地訪問:2015年3月)
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2012年02月29日

日光菖蒲ヶ浜スキー場(栃木県日光市)

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(左)中禅寺湖。正面奥が菖蒲ヶ浜。(右)戦場ヶ原の冬景色。

世界遺産に登録された日光の二社一寺、そして背後には中禅寺湖・男体山・戦場ヶ原という豊かな自然。日光はやはり日本を代表する観光地だと思う。しかし、伊豆箱根・富士五湖・那須高原などの首都圏を取り巻く他の観光地にくらべると、いまひとつ渋い感じがするのはなぜだろうか。

そんな中禅寺湖北岸にあった日光プリンスホテルに併設されていたのが日光菖蒲ヶ浜スキー場。1993年12月に開業、2006シーズンから休業し、2008年にはホテルも営業終了となった。

真冬には閑散としているのではないかと思ったが、いろは坂を上って行く車はそれなりの台数があった。後でのぞいたら、日光湯元スキー場もファミリーを中心にそれなりに賑わっていたし、スノーシューを履いて戦場ヶ原の散策を楽しんでいる人も多い様子だった。一般の観光の延長で日光からここまで足を延ばしている人も多い。中禅寺湖畔や戦場ヶ原の冬の景観も素晴らしいと思う。

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(左)雪に埋もれた旧日光プリンスホテル。(右)ゲレンデ下から斜面を見上げる。

中禅寺湖東岸を走り、竜頭の滝の下から左に入る。日光プリンスホテルの建物前までは除雪されていたが、休業後そのままになっているホテルの建物は、ただ雪に埋もれているだけだった。そのホテルの右手に隣接して菖蒲ヶ浜スキー場の跡地があった。非常になだらかな斜面が一面の単純なゲレンデ。斜度は平均7度、最大14度。完全に初心者や子ども向けのファミリーゲレンデであったようだ。ここにトリプルリフトが架かっていたはずだが、斜面の規模からは不釣合いな感じがする。リフトは撤去され、斜面には雪が降り積もり立ち入ることはできなかった。

西武系のスキー場であったので、ひと通りの設備は揃っていたようで、ゲレンデ脇には食堂もあった。そしてゲレンデからは男体山の雄姿を真正面に望むことができた。小さな子どもを連れてホテルに一泊し、奥日光の冬の風景を満喫しながら、歴史遺産も見学する。そんな冬のプランに組込むとすれば、利用価値は高かったのではないだろうか。スキーだけを目的とするのではきびしいと思われるが。(現地訪問:2012年2月)

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(左)日光プリンスホテル前からゲレンデ方面を見る。ゲレンデは前方の木々の向こう側。
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2010年08月12日

鶏頂山スキー場(栃木県日光市)

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(左)広い駐車場と鶏頂山荘。(右)駐車料金を徴収していたと思われる小屋が左手に。中央奥にはゲレンデが広がる。

1991年2月にメイプルヒルに来たついでに、翌1992年2月にはエーデルワイスに来たついでに鶏頂山も一緒に滑ったことがある。メイプルヒルとエーデルワイスに囲まれた小規模なファミリーゲレンデだったが、新設のスキー場にはない、歴史のあるスキー場に特有の落着いた雰囲気をもっていたのが記憶に残っている。メイプルヒル(1989開設)、エーデルワイス(1969開設)より早い1961年の開設。最大斜度18度、最長滑走距離900m。ペア2基、シングル1基、ロープ塔1基。

「日本のスキー場・東日本編 skier '91(山と渓谷社)」には「東京からの日帰りスキーヤーで賑わっている。メイプルヒル・エーデルワイス・スキーリゾートの両スキー場に隣接し、共通のリフト券がある」と記載されている。私も共通リフト券を使って、ゲレンデを渡り歩いたと記憶している。隣接するメイプルヒルと同様、経営母体の破産により2000シーズンを最後に営業休止、閉鎖となった。その後の事業継承会社により、リフト施設の撤去と自然の国有林に原状回復する取組みが進められた。

日塩もみじラインを鬼怒川方面から進み、メイプルヒルへの入口(いまは案内板はない)を過ぎてしばらくすると右に分岐する道があり、鳥居の下を進む。鳥居は鶏頂山奥宮への参道であることを示しているのだろう。ここにだけ「鶏頂山スキー場」の小さな案内板が残っている。

ところどころ舗装が陥没している道をしばらく進むと、鶏頂山スキー場の広い駐車場に出る。傍らには駐車料金を徴収していた小屋も残っている。廃屋となっている鶏頂山荘の向こうには緩やかな斜面が広がっているが、リフト施設はすっかり撤去されている。山荘には貸しスキーなどかそのまま放置されていた。

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(左)ゲレンデを少し登り、鶏頂山荘を見おろす。(右)ゲレンデ最上部。いくつかのコースが前方にくだっていく。

鶏頂山への登山道がつけられている一番左のゲレンデを登っていく。クイーンコースという名前がついていたところ。ゲレンデの両側は樹林帯だが、登山道は雑草が覆うゲレンデの真ん中につけられている。この斜面下部にはロープ塔があったようで、その監視小屋のような金属製の小屋がゲレンデ脇に残されていた。さらにゲレンデの登山道を登っていけばリフトの終点だった場所に至る。ここから、4本ほどのコースが下部に向かって下っていたことが見てとれる。

さらに樹林帯の中を少し進めば枯木沼に出る。木道が設けられた気持ちの良い湿地帯が広がっていた。このあたりが3つのスキー場の接点にあたるところ。上部右手がメイプルヒル、上部左手がエーデルワイスという配置だった。現在も営業を続けているエーデルワイスとの境界には、滑り込めないよう各所に柵が設けられていた。(現地訪問:2010年7月)
posted by 急行野沢 at 21:00| Comment(16) | TrackBack(0) | 栃木県 営業休止のスキー場 | 更新情報をチェックする