2019年06月29日

湯沢高原スキー場・布場ゲレンデ(新潟県湯沢町)

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(左)かつては数本のリフトが並列に架かっていた。(右)リフト下から。(いずれも2019年3月)

関東のスキーヤーにとって越後湯沢というのは特別な響きを持った地名だと思う。バブル最盛期の頃の賑わいはたいへんなものだった。その湯沢の中心にあり、歴史のあるゲレンデの布場が歴史に幕を下ろすことになったようだ。2016年3月に「湯沢町は23日の町議会全員協議会で、同町湯沢の湯沢高原スキー場・布場ゲレンデを2019年3月末で閉鎖する方針を明らかにした」と新聞報道がなされた(新潟日報)。

いまは湯沢高原スキー場の一部という位置づけなのだが、同スキー場のサイトでは布場の廃止には触れていない。ただ、3月末には以下のように報道された。「新潟県湯沢町の温泉街に一番近い布場スキー場が、3月末で閉鎖されます。(中略)湯沢町は来場者の減少や設備の老朽化で、今シーズン限りで閉鎖を決めました。」

「千葉県からのスキーヤーは『ここは家族で滑るにはいいので毎年来ている(閉鎖は)さみしいね』と語りました(3月27日、新潟テレビ21)。」湯沢高原のゲレンデマップには、まだ、布場ゲレンデが記載されているけれど、よほどのことがない限り、次のシーズンに営業することはなさそうである。

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(左)ゲレンデを見上げる。(右)ゲレンデ下にはロッジが建ち並ぶ。(2019年3月)

布場ゲレンデの開設そのものは1915(大正4)年。越後湯沢で最も古いスキー場ともいわれている。越後湯沢駅から徒歩圏内で、広々とした初心者向け緩斜面のコースに、いまはペアリフトが1本だけ。滑走距離250m、最大斜度18度、平均斜度12度。以前はこの斜面に6本のペア・シングルリフトが架かり、湯沢高原に連絡するシングルリフトも一番北側にあった。

布場を含む湯沢高原は何回も訪れたが、1989年2月の記憶が鮮明だ。昭和天皇の大喪の礼により休日になったので職場の仲間と、急遽、宿もろくに決めずに湯沢にやってきた。そのときはやはり混雑していて、布場ゲレンデ下にあるロッジの半地下のような部屋に宿泊した。目の前がゲレンデだったけれど、布場では物足りなくて、もっぱら高原ゲレンデなどに遠征した。標高が低いので雪質はあまりよくないという印象もあった。

営業期間も残りわずかの3月に布場を訪れた。越後湯沢駅周辺は多くの人で賑わっていたが、多くは温泉客のようだ。布場ゲレンデに出てみると、晴天の日曜日にもかかわらず滑っているのはほんの数人だった。

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(左)リフト下から(2019年5月)。

その後、グリーンシーズンになってからも所用のついでに立ち寄ってみたが、リフト施設など周囲の様子に大きな変化は見られなかった。かつてはリフトが並列で架かっていた広い斜面も、リフト1本では閑散として見えた。ゲレンデ下にずらりと並んでいるロッジが、全盛期の面影を残しているだけだった。(現地訪問:2019年3月・5月)

2019年06月08日

ルーデンス湯沢スキー場(新潟県湯沢町)

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(左)ゲート前からやや荒れたホテルの建物を見る。(右)リフト下から見上げる。右に無料休憩所・左にホテルが見える。

2019シーズンからルーデンス湯沢が営業を休止している。ホームページ上では以下の通り告げられている。「今シーズンの冬季営業は、全館メンテナンスため、ホテル・スキー場ともに、休業させていただきます。(中略)再開の際には、ホームページでご報告させていただきます。今後とも、ルーデンスヴィレッジをよろしくお願い致します」

東京方面から関越トンネルを抜け、しばらく走ると左手に見えてくるのがこのスキー場。湯沢周辺のスキー場を一気に見渡し、雪国に来た気分が盛り上がる瞬間だった。いつも気になっていたけれど滑る機会がなかった。いつ滑れなくなるかもしれないと、2015年2月に滑りに出かけた。ホテル・ルーデンスに付随するスキー場。かつてはリフトが並列に3本あったが、そのときはホテルに近いペア1本だけとなっていた。

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(左)ペアリフト乗場。(右)ゲレンデ全体を見上げる。往時には右にもう2本リフトがあった。

ゲレンデ下のスペースに車をとめてリフト券を買おうとしたが、どこで売っているのかわからない。尋ねるとホテルのフロントとのことだったが、そこには料金表もなかった。ホテル宿泊者以外ではほとんど滑る人はいないようすだった。ペアリフトに沿う部分だけが圧雪されていたが、万全の整備とはいいがたかった。トップシーズンの休日だったけれど、滑っているのは20〜30人程度で少々寂しかった。

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(左)ゲレンデ中腹から見おろす。

「オールスキー場ガイド2000(立風書房)」には「ルーデンス昭和」の名前で、以下のように紹介されている。「ルーデンスホテルをベースに、リフト3基で効率よくバリエーションをそろえる。関越道を挟んで中里スキー場は正面。ナイター、スクール、レンタルあり」

グリーンシーズンにあらためてルーデンスに立ち寄る。「再開の際には〜」と告げられているので、リフト施設はチェアを外されたまま撤去はされていない。しかし、ホテルの建物は少々荒れた感じでメンテナンス作業が着々と進んでいるようにも見えない。再開の時が来るのかもわからない。平地を挟んだ反対側には湯沢中里のゲレンデが見え、いくつものゲレンデが湯沢の小盆地を囲んでいるようすを見渡すことができた。(現地訪問:2019年5月)

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営業していたときのようす。(2015年2月)

2017年01月08日

湯沢ファミリースキー場(新潟県湯沢町)

この湯沢ファミリースキー場についての情報を、コメント欄(白板高原スキー場)にお寄せいただき、場所まで教えていただいた。湯沢の街からこんなに近い場所にあったスキー場を見落としていたとは迂闊だった。

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(左)国道17号田中交差点。前方に見える丘陵の山腹に向けてゲレンデが開かれていた。(右)「スキー天国にいがた」を参考に作図(一部推定)。

「スキー天国にいがた(1975年12月)」では、このスキー場について以下のように紹介している。「扇形の尾根に囲まれた良質のゲレンデは、気軽にスキーの楽しさを味わえるファミリーなスキー場である。合掌造りのレストハウスも1軒あり、家族連れや初心者で連日にぎわっている。またスキーのあとは近くの情緒豊かな湯沢温泉でくつろぐことができる」

アクセスは「越後湯沢駅からバス5分」と恵まれていた。長さ300mのリフト(おそらくシングルリフト)1基と記されている。しかし、同誌に掲載されている地図には3本のリフトが記入されていて、どちらが正しいのかよく解らない。全盛期に3基、最終段階で1基だけ残っていたということだろうか。(→コメント欄にある通り、リフトは1基だったもよう。)

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(左)残っていたリフト乗場の跡。前方にリフトの鉄柱が続いている。(右)リフトの左側には中級向けらしき斜面。

200台収容の駐車場があった。現在までの調べでは、開設・廃止の時期ははっきりしない。ただ、最も賑わった時期は1970年代ではなかったかと推測している。越後湯沢の中心部から国道17号を南下、湯沢IC入口を過ぎれば左に岩原・中里方面への道を分岐する田中交差点の信号がある。その南東側にある北斜面に位置していた。

現地を訪れてみる。田中交差点から岩原方向に進むと車道は高架となるが、高架の下に降りて右折するとゲレンデ最下部だったと思われる小広い場所に出た。駐車場や合掌造りのレストハウスはこのあたりにあったのだろうか。その一角にリフト乗場の残骸があった。見上げると斜面の樹林の中に、リフトの鉄塔が点々続いているのが見えた。その左側には低木が茂りはじめてはいるが、中級レベルと思われるコースの痕跡が見て取れた。

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(左)リフト残骸の右手に広がる緩斜面。(右)ゲレンデ下のレストハウスなどがあったと思われる場所。左前方にリフトの残骸がある。

右手にはずっとなだらかな斜面が続いている。第2・第3リフトはこちら側にあったのだろうか。それらの痕跡は見出すことができなかった。ゲレンデ周辺には民家が建ち並んでいるが、その中には「民宿」の看板を出している家もある。一部は近隣スキー場への送迎によって、現在もスキー客を迎え入れているようだった。

今冬は積雪が少ないとはいえ、一帯は雪に覆われていてスキー施設の痕跡を探すのには難しかった。雪のない季節に再訪したいと思う。湯沢の街にも近く利便性も高いファミリーゲレンデだった思われるが、どの程度の人気があったのだろうか。地元の人に話を聞きたかったが、あいにくと天気も悪く人の姿も見られなかった。(現地訪問:2017年1月)

2014年04月10日

永林寺スキー場(新潟県魚沼市)

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(左)魚野川に架かる根小屋橋からのぞむ。前方の丘陵の中央部が永林寺スキー場だった。(右)南東側から見上げたゲレンデ。赤いドーム屋根の小屋あたりまでがゲレンデだったらしい。

4月とはいうものの、越後の山里では田畑は未だ一面の雪に覆われていた。春の気配は感じられるけれど、花の季節はまだもう少し先のことで、遠く越後三山は残雪に輝いている。東京では桜が満開だと伝えられても、それはどこか遠い世界の出来事のように聞こえる。

北魚沼郡堀之内町。いまは合併により魚沼市の一部となっている。むかし、上越線の在来線急行で何回かこのあたりを通った記憶では、湯沢・石打・六日町などスキー場が林立する華やかな地域を通過した後だからだろうか、魚野川に沿う谷も狭まり何となく寂しげな雰囲気を感じたものだった。

そんな堀之内にスキー場があったことを知ったのは「観光と旅16 郷土資料事典・新潟県(人文社 昭和45年6月5日初版 昭和50年4月15日改訂版)」による。同誌はその永林寺スキー場について、以下のように紹介している。「曹洞宗の名刹鉢倉山永林寺の裏山一帯で、スロープの変化は初中級者に向いている。永林寺は、日本育英友の会・文部省・県の青少年野外旅行活動の宿泊に指定されており、四季それぞれ野外のレクリェーションを楽しむ青少年で賑わっている。境内の前方には魚野川が流れ、銀蛇の彼方には越後三山がくっきり浮かび、きわめて眺望に優れている。スキー施設としては、150mのロープウェー(注:ロープトウのことと思われる)と民宿の用意がある。堀之内駅の北約1km 徒歩20分。」

堀之内の中心街から魚野川に架かる根小屋橋を渡り、細い道を入って行くと永林寺の前に出る。杉林に囲まれた佇まいは、名刹というに相応しい雰囲気がある。その右手裏に樹林の少ない丘陵があり、最上部には四阿らしき建物が見える。その一帯がスキー場だったと想像がつくものの、斜面をいまは関越道が横切り階段状に整地されていて、どんな斜面だったのかはいまひとつ想像がつきにくい。右手に雪の残る斜面があるが、そちらの緩斜面はゲレンデの面影を残しているように感じられた。

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(左)永林寺の脇から見上げた斜面。関越自動車道が横切っている。(右)永林寺。

少し離れた住宅の前で、雪を片付けていた小父さんに声をかけてみた。「いまは高速道路が横切ってよくわからなくなった」といいながら、永林寺右手奥の斜面がスキー場だったことを教えてくれた。正面はけっこう急な斜面だったらしい。ロープトウがあったけれど、よく故障したようだ。82歳になるという小父さんは若い頃には、そのゲレンデでよくスキーをしたという。「冬にはスキーぐらいしか楽しみがなかったからね」と笑った。(現地訪問:2014年4月)

2014年02月15日

神立高原スキー場(新潟県湯沢町)[再開]

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(左)国道17号からの入口には「今シーズンの営業は行っておりません」の文字が。(右)駐車場の向こうにゲレンデ入口の建物。

神立が今シーズンの営業を休止するというニュースが昨年の11月に飛び込んできた。状況からすると来シーズンからは復活の可能性が高いので、ここで取り上げるのもどうかと思うが、ひとつの記録として記しておきたい。

同スキー場のホームページでも「今シーズンの営業に対して、ゲレンデ部分の土地所有者様のご同意、ご納得を得られず、やむなく今シーズンの営業を断念せざるを得ないという結果になりました」と発表された。それまでの運営会社が破産申請したものの、いくつものスキー場を運営する兵庫県の会社が継承するとの話だったので安心していた。しかし、湯沢町議会が町有地の賃貸借契約を締結する議案を反対多数で否決したものである。今シーズンの営業に間に合わせるため、営業権の譲渡を受け不動産未登記のまま準備を進めてきたものの、これに対し議会側は「固定資産税収入につながらない」などと所有権移転を求めていたという。

神立高原スキー場はバブル最盛期の1986年開設。湯沢近辺の老舗スキー場を向こうに回して華々しく登場したという印象だった。湯沢ICから1km、越後湯沢駅からバスでも10分とアクセスも抜群。広い駐車場やしっかりしたセンターハウスを備えた、当時の新設スキー場の典型的なスタイルであり、早朝スキーなど若者のニーズにも対応していた。コースはバリエーションに富んでいて、緩斜面からコブ斜面までさまざま。1988年4月に一度滑りに行ったときには、春先のコンディションの良くないときだったせいかコブに辟易した記憶がある。

「ニッポンのゲレンデ2013(実業之日本社)」には、「元祖サンライズスキーで有名なスキー場。今季は金曜夜から日曜夜まで48時間連続営業予定。『ベースキャンプ&スパ』には、仮眠室・入浴施設を完備し深夜着でも利用できるのでサポート体制は十分。ゲレンデは谷を滑る緩斜面と尾根から下る中・急斜面で構成され、変化に富んだコース設定が特徴。(中略)ゲレンデは北東向きで雪質はよく、積雪量も豊富だ」と紹介されている。リフトはクワッド3基、ペア4基を備えている。最大斜度45度、最長滑走可能距離3,500m。

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(左)ゲレンデ入口のリフト乗場から見上げる。(右)遠景から見たゲレンデ全体。

ホームページ上では、「弊社としましては、来シーズンの営業再開に向けて鋭意努力していく所存であります。運営事務所も神立高原スキー場内に設け、来シーズンのリニューアルに向け準備を進めていきます。」とのことなので、来シーズンには復活するものと思われるが、1シーズンにせよ神立が営業しない冬が来るとは誰が予想していただろう。

あらためて現地を訪問してみる。国道17号からスキー場に曲がる箇所の案内板には「今シーズンの営業は行っておりません」の文字が付け加えられていた。ゲレンデ下までのアクセス道はきれいに除雪されていたし、ベースにある建物の前には数台の車がとめられていて内部に灯りもついていた。スキー場維持・リニューアルのための準備がされているのだろう。当然ながらすべての施設はそのまま維持されている。とはいうものの、他のスキー場が賑わいを見せはじめている時期だけに、深閑とした静けさが寂しく感じられた。(現地訪問:2013年12月)

[追記]2015シーズンの再開が決定したもようです。