2013年11月05日

越後アクシオムスキー場(その2)(新潟県魚沼市)

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(左)国道沿いに残っている案内板。(右)リフトが撤去されたゲレンデ。

越後アクシオムについては、その後リフトが撤去されたなどの情報が寄せられていた。その事実関係を調べに訪れてみた。

国道252号沿いには「右折 AXIOM 大駐車場完備」と大きく書かれた案内板がいまも残されたままだ。看板を支えている鉄柱が錆びているのが、廃スキー場だいうことをかすかに示している。日に数本の列車しかない只見線のレールを踏切で越えてゲレンデ下に出る。

ゲレンデ下に立つと以前は残されていた第2ペアリフトの姿はまったくなくなっていた。斜面にはリフトの鉄柱も見あたらない。斜面上部を見上げると、上部にリフト終点の姿が残っていることは認められた。斜面の下部には畑地も開かれていて、近所の方が畑仕事をしている姿も見られた。魚沼の地も収穫の季節を迎えていた。

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(左)ゲレンデ上部に残されているリフト終点の施設。(右)廃墟化が進んでいるレストハウス。

ゲレンデに隣接して立つレストハウスは赤・白・緑の3色に塗られた屋根が印象的。クワッドリフトの新設を予定してこの場所に建てられた理由は、以前コメント欄に情報が寄せられたとおり。ただ、屋根板が曲がり、窓ガラスも割れたりして、廃墟化が進んでいるように見えた。(現地訪問:2013年9月)

こちらもご覧ください → 2009年09月20日 越後アクシオムスキー場

2013年10月22日

入広瀬中峰スキー場(その2)(新潟県魚沼市)

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(左)ゲレンデ下にあったかつては駐車スペースの役割をしていたと思われる場所。 (右)ゲレンデ下部から見上げる。

魚沼市内には、小出・湯之谷薬師・須原・大原・大湯温泉という5つのゲレンデがある。ここ数年存続が危ぶまれているが、なんとか現在も5つとも営業を続けている。そんな魚沼市内の廃スキー場として、以前本ブログで中峰スキー場(入広瀬中峰スキー場)を取り上げた。しかしながら、訪問時には雪に覆われ、はっきりとゲレンデの痕跡を確認することができなかった。9月の休日、ちょうど魚沼の田園地帯も稲刈りの時期に旧入広瀬村を再訪した。

魚沼市中心部の小出あたりからはかなり山間に入った印象となる旧入広瀬村。庁舎(旧村役場)を左手に見て、その先の分岐には「中峰グランド」「みどりの体育館」「テニスコート」を示す案内板が立っている。そこを左折すると道の脇に小広いスペースがある。ちょうどゲレンデ下にあたるこの場所は、駐車スペースになっていたのではないだろうか。そこから民家の間を上ったあたりがゲレンデ最下部だと思われたが、リフト乗場の痕跡などを見出すことはできなかつた。ゲレンデ下部は畑地になっていたが、見上げるとススキに覆われた斜面がゲレンデの跡であることを示していた。

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(左)ゲレンデ上部にはグランドやテニスコートなどスポーツ施設が開発されたが、いまはあまり使われていないようす。(右)ゲレンデ上部から見おろす。

車道をたどってゲレンデ最上部まで上ってみた。最上部にかつてあったと思われる体育館は撤去されていた。一帯は一時期、スポーツ広場として整備されたようで、グランドやテニスコート、トイレやシャワー室もある。ただ、照明施設は撤去されその名残のコンクリート柱だけが何本もそびえ立っていて、最近ではあまり使われていない状況を物語っていた。かつてはスキー、その後は各種スポーツのために使われた場も、いまは閑散として寂しげに見えた。

そこから背の高いススキを掻き分けながら、少しゲレンデをくだってみた。眼下には入広瀬の集落とそれをとりまく田畑、そして遠く越後の山並みを見渡すことができた。中峰スキー場は1971年にリフト運行開始。営業休止年月については正確な資料を見つけていないが、1990年代と思われる。最大斜度25度、最長滑走距離は400m。シングルリフト(270m)1基、その上部にロープトウ(100m)1基が備えられていた。リフトやロープトウなどの施設の痕跡は、ゲレンデ上部でも見出すことはできなかった。(現地訪問:2013年9月)

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(左)側面から見上げたゲレンデ。(右)遠景から見たゲレンデ全体。

こちらもご覧ください → 2010年02月27日 入広瀬中峰スキー場

2013年03月09日

苗場スキー場白樺平ゲレンデ(新潟県湯沢町)

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(左)白樺平ゲレンデを遠望する。(右)以前はシングルリフトが架けられていたヴィラの建物に挟まれたゲレンデ。上部にペアリフトが見える。

苗場は日本を代表するスノーリゾートといっていいだろう。ひとつのスキー場でこれだけの集客があるのは、他には志賀高原くらいではないだろうか(志賀高原は複数のスキー場の集合体だが)。コンサートなどさまざまなイベントも開催され、いまでも多くの話題を提供している。そんな苗場も、最近は休止したリフトが寂しげな姿であるという指摘もされている。そうはいいながらも、リフト待ちが生ずるほどの人気を維持しているスキー場でもある。

これだけの規模のスキー場なので、周囲には、三国・浅貝・白樺平などのエスケープゲレンデが存在していた。その中の白樺平ゲレンデが今シーズンから営業を休止している。苗場のメインゲレンデとは国道17号と浅貝川を挟んだ東側に位置する西向き斜面。私はこのプログを書くような天邪鬼な性格なので、苗場に滑りに行ったのは東京在住時代に1回だけ。そのとき白樺平では滑らなかった。

ちなみに、南へ1kmほどの浅貝ゲレンデはクワッドリフト1基で今シーズンも営業を続けている。さらにその南側にかつてファミリーゲレンデがあったが、その跡はいまや別荘分譲地になってしまっている。

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(左)国道17号沿いの第2ロマンスリフト乗場。(右)第2ロマンスリフト沿いの斜面。

「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」には、苗場スキー場の項の中で、「白樺平ゲレンデ:初中級。ホテルの逆側、国道17号線をはさんだ斜面にリフト2基で中級コース2本、ビギナーコース2本をもつ」と紹介されている。リフトの構成はシングルからペアへと変わったが、最後はペア2基(508m、1087m)であった。

久しぶりに苗場を訪れてみると、少し離れた駐車場には空きがあるものの、リフト待ちの列やゲレンデを滑る人の数も他のスキー場の比ではないように見える。国道17号の反対側、すぐ道沿いには白樺平の第2ロマンスリフトの乗場がそのまま残っている。上部の第1ロマンスリフトも含め、チェアが外されただけの状態のようだ。

かつてシングルリフトが架けられていた緩やかなゲレンデの両側には、バブル期を象徴するかのような苗場ヴィラの建物が何棟もそびえている。シングルリフトの痕跡は見あたらない。それにかわって設置されたペアリフトは、左手のヴィラの裏側から、その上部に向かって架けられている。下部はなだらかな初級ゲレンデだが、上部はそれなりの斜度をもっているように見える。ヴィラの駐車場に車は少なく、時代の流れを感じさせた。(現地訪問:2013年1月)

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(左)白樺平から見た苗場スキー場。

2013年02月23日

八箇高原スキー場(新潟県南魚沼市)

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(左)上ノ原温泉付近から遠望したゲレンデ全体。(右)アネックスの看板は残るが建物はなくなっている。

米どころ南魚沼の中央市街地でもある六日町。その中心街から西方に位置する六日町スキーリゾート。「六日町ミナミ」といった方がわかりやすいかもしれない。国道253号を挟んで、そのミナミスキー場のサブゲレンデのような位置にあった八箇高原スキー場が営業を休止している。さまざまなデータから推測すると2006シーズンが最後だったようだ。経営主体がかわるなど、ミナミスキー場自体の存続も危ぶまれた昨今、こちらまで手がまわる状況ではなかったのだろう。

「SKI GUIDE '86(山と渓谷社)」には六日町ミナミとは独立した「八箇高原スキー場」として掲載されている。当時は経営主体も別だったようだ。「八箇峠の稜線北斜面に10haが、正面ゲレンデ、中央ゲレンデ、北側ゲレンデ、高原ゲレンデにわかれ、6コース(上級者向き1、上中級者向き2、中級者向き1、初級者向き2)となり、三角形の広がりとなって展開する。高原ゲレンデに大会・ポール専用バーンが新設され、スキークラブの合宿には最適な条件となっており、日曜日でも大会の開催が可能となった。プラスチックポールの貸し出しもしている」と紹介されている。

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(左)国道253号よりゲレンデを見上げる。(右)国道の分岐から六日町スキーリゾートへのアクセス道。こちらからメインゲレンデへの連絡は少々距離があった。

スキー場開設はミナミスキー場より早い1958年(昭和33)。直近ではペアリフト1基(712m)が設置され、ミナミスキー場と一体の運営となっていた。スター高原ホテルのアネックスがゲレンデ下部にあり、やはりグループレッスンや合宿・大会用のゲレンデというイメージが強い。ミナミスキー場のメインゲレンデを「西ウィング」、こちらを「北ウィング」と称していた時期もあった。双方を移動するには少し距離があり、「連絡コースがあればいいのに」という声も聞かれたが、国道を挟んでいたので難しかったのだろう。私は1996年に一度だけミナミスキー場にすべりに来たことがあるが、そのときも八箇高原側には足をのばさなかった。

1月の休日、現地を訪ねてみた。六日町スキーリゾートは駐車場にも多くの車が並び、それなりの賑わいを見せている。国道253号沿いの八箇高原側はリフトが撤去され、「アネックス」の看板は残っているものの、その建物もなくなっていて、周囲はただ深い雪に覆われている。それと知らなければ、ここにゲレンデがあったことに気づかないかもしれない。少し離れた上ノ原温泉街から遠望すると、リフト跡の左右にいくつかのコース跡が認められ、思っていたよりもコースバリエーションに富んだゲレンデだったことがわかった。(現地訪問:2013年1月)

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(左)国道沿いには食堂の建物なども残っている。

2013年02月09日

岩原ゴンドラ(新潟県湯沢町)

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(左)ゴンドラ山麓駅。(右)ゴンドラ山頂駅付近とペアリフトが架かる斜面。

飯士山の南斜面に広がっている岩原スキー場は、湯沢町のスキー場の中でもほぼ中央に位置し、開設1932年(昭和7)という長い歴史を持つ老舗スキー場である。私は90年代初めには何回か滑りに来たが、ゲレンデ中腹にあるピザ屋がおいしかったことと、飯士山ジャイアントコースの滑り応えが印象に残っている。そのメインゲレンデの東側に西武がゴンドラ(2,813m)を架けたのは1980年代の後半だったと記憶している。

当時はゴンドラだけ独立したスキー場のようなかたちで、料金体系も別だった。そのため、岩原に出かけてもゴンドラを使ったことはほとんどなかった。その後、山頂部東側にペアリフト(665m、991m)が2基架けられ、コースも拡大、レストランなどの施設もつくられた。ゴンドラ沿いは初中級向きのスカイラインコース、ペアリフト沿いには一部上級コースもあったが、大部分は初中級コースだった。

2007シーズンから、この岩原ゴンドラが営業を休止している。地形やゲレンデ構成の点からもやや無理があるゴンドラ設置だったのではないだろうか。多くの人は岩原に行っても、昔からのメインゲレンデや山頂部の飯士ジャインアントコースを滑るのを主眼としていて、ゴンドラ側への関心は低かったと思う。

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(左)岩原スキー場全景。右側を最下部から山頂右手までつないでいたのが岩原ゴンドラ。

岩原スキー場が多くの客を集めている1月の休日、現地を訪れた。ゲレンデ近くの駐車場は満車のようで、後から来た車には係員がゴンドラ山麓駅近くの駐車場にまわるよう案内していた。ゴンドラ山麓駅はそのままの姿で残っていて、ゴンドラの鉄塔やワイヤーもそのままの状態。搬器だけが取り外されている。

少し離れた位置から遠望すると、ゴンドラ東側の2本のペアリフトもチェアを外されて休止状態だ。飯士山の山容を見上げると、その左側だけが活気づき、右側は動かないゴンドラをかかえて深閑としているようすが、奇妙なものに思えた。(現地訪問:2013年1月)

【追記】2015年2月10日
コメント欄のmmさんのご指摘の通り、今シーズンは第1ロマンスリストが稼働しているようです。