2011年02月12日

城平スキー場(新潟県湯沢町)

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(左)上越新幹線のトンネル入口が左手にあり、その上部にゲレンデが開かれていた。(右)ゲレンデ下部から見上げる。周辺にはいまもロッジなどが多い。

越後湯沢。この町に、スキーに関わる思い出をたくさんお持ちの方も多いと思う。いつの頃からかリゾートマンションが林立する風景が目立つようになったけれど、温泉街としての歴史もあり風情を感じさせる一帯もある。友人のリゾートマンションに転がり込んだり、温泉街裏の安い民宿に泊ったり。どちらかというと後者のほうが思い出に残っている。

上越新幹線が大宮暫定開業をへて、上野まで乗り入れたのが1985年。当時は東京に住んでいたので、そのころから渋滞する関越道を避けて新幹線でスキーに行くことが多くなった。だいたい湯沢高原で滑るかシャトルバスで石打・岩原あたりに足をのばすことが多かったのだけれど、駅から近い城平で滑っておかなかったのをいまは後悔している。

越後湯沢駅西口から南に向かって歩けば、ほんのりと温泉の硫黄臭が漂ってくる。やがて左手には上越新幹線のトンネル入口が見えるが、その上に城平のスキー場の斜面が広がっている。越後湯沢駅から歩いてもほんの5分ほどの立地。湯沢市街に隣接したシティ派ゲレンデといういい方もできようか。

何軒かロッジなどの建物がある背後に草地となった斜面が広がっているが、リフトなどの施設は撤去され、新幹線のトンネルがすぐ脇を走る環境なのでそれと教えられなければかつてスキー場があったとはなかなか気づきにくい。何軒か、現在でも営業を続けている温泉付きの宿泊施設も見受けられる。1956年(昭和28)1月には、リフトの滑車が外れ逆走するという事故も起こったようだ。見上げるコンパクトなゲレンデには「最大斜度20度」という数字以上に斜度を感じる。最長滑走距離450m。

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(左)西側の丘陵地からゲレンデ下部を見おろす。(右)「スキー天国にいがた」を参考に作図。

「スキー天国にいがた(1975年12月)」によれば「湯沢の南側にあり、北向き斜面でありながら比較的空いている。湯沢のスキー場では穴場といえる。中腹の緩斜面は初心者向きで定評があり、ナイター設備は万全である」と案内されている。1956年(昭和31)開設でリフト2基(482m、276m)を備えていた。営業休止は1990年代と思われる。

「南魚沼郡誌(1971年3月)」には、戦後の復興時に古くからあった布場スキー場に活気が戻ってきたのにつれて、一本杉・城平などへと施設も拡充されていったと説明されている。それから20数年間ぐらいが、湯沢が最も活気づいた時期なのかもしれない。(現地訪問:2010年4月・12月)
ラベル:城平スキー場

2010年09月23日

三国スキー場(新潟県湯沢町)

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(左)メインゲレンデの下から。(右)ゲレンデを少し登ったところから、駐車場方面を振り返る。

上越国境北側の山深いところにあった三国。苗場のエスケープゲレンデであるかのように位置づけられていたのが、不幸だったと思っている。もう少し立地が違っていたら、独自のカラーで売り出すことのできるスキー場になっていたのではないだろうか。

私は1990年3月に一度だけ滑りに来たことがある。そのときは、他のスキー場のついでにというものではなく、この三国だけを目指してやってきた。もちろん大規模なゲレンデというわけではないけれど、雪質も良く中級レベルを中心としたコース構成が楽しく、十分満足のいくものだったと記憶している。一連の西武系スキー場の整理の中で、2004シーズンを最後に営業をとりやめた。

「'86 SKI GUIDE(山と渓谷社)」によれば、「苗場スキー場から、3.5km。上越国境の山々に囲まれた谷あいにあり、43haのゲレンデは豊富な積雪に恵まれ12月初旬から5月上旬まで滑走でき、美しいブナ林に囲まれた独特な雰囲気をもっている。ゲレンデにはセパレートされた7コースが設定されており、初級者から上級者まで自分の技術に応じたコース選定ができ、安心して滑走できるようになっている」と紹介されている。

苗場プリンスホテル宿泊のスキーヤーには、無料送迎バスが運行されていた。標高1,120〜1,548m。開設は1980年。最大斜度30度。苗場と同様、国土計画によってつくられた西武系のスキー場だった。リフトはペア2基、シングル1基。最長滑走距離2,500m。

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(左)ちょうちん岩コースの下から見上げる。

国道17号の苗場スキー場前から国道353号を南下すれば到達することがわかっていながら、なかなか足を運ぶ機会がなかった。ちなみにこの国道353号はけっこう凄いルートをとっていて、群馬県桐生市から赤城山の南麓、吾妻渓谷、魚沼の山稜などを縫って走り、新潟県柏崎市まで通じている。その途中にある、上越国境を挟む群馬県四万温泉とこの三国スキー場の間は開通していない。

9月初旬のまだ真夏のように暑い一日、苗場スキー場の前から狭い道幅の国道353号を進む。苗場スキー場からは3.5kmとあるが、あらためてその道をたどるとずいぶんと距離を感じる。終点は広い三国スキー場の駐車場となっていて、その右手前方の斜面に何本ものゲレンデが開かれていた。西武系の閉鎖スキー場に共通に見られるようにリフトやレストランなどの施設はきれいに撤去され、斜面を自然の植生にもどそうとしている。

ゲレンデの跡は背の高いススキなどに覆われているが、まだコースのかたちははっきりしている。少しゲレンデを登って振り返れば、谷川連峰の山々が雄々しい姿をもたげているのが見えた。国道終点の少し手前には、ちょうちん岩コースの最下部も跡をはっきり認めることができた。下界では35度という猛暑が続いているが、ここまで来るとさすがに涼しい風が吹いていた。風に揺れるススキが、こんな猛暑の夏にも、秋が着実に忍びよっていることを語っているようだった。(現地訪問:2010年9月)
ラベル:三国スキー場

2010年04月23日

白板高原スキー場(新潟県湯沢町)

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(左)国道17号沿いにはいまも「白板高原スキー場」の看板。(右)メインゲレンデ全体。左下から右上の稜線まで錆びついたリフト施設が残っている。

国道17号を湯沢の市街地から南下する。間もなく道は芝原峠に向かって上り坂にかかるが、その左手にあったのが白板高原スキー場。国道沿いにまだ「白板高原スキー場」の看板が立てられていて、それに従って左手の平地にくだると稜線に向かってシングルリフトの施設がそのまま残っている。リフト乗場の隣には、ロッジの建物が崩れながら残っている。アクセス道路は遮断され、ゲレンデ下まで容易に近づくことができなくなっていて、何となくわびしさを感じさせる。

「スキー天国にいがた(1975年12月)」によれば「苗場山系のスキー場のうち最も湯沢温泉および国鉄越後湯沢駅に近く、国道17号線沿いで自家用車では最も便利が良く、広大なゲレンデで日曜・祝祭日家族連れでも混雑がなく安全であり、会社・学生等の団体合宿にはコース等が非常に喜ばれている。しかも練習・大会等の催しも好適である」と紹介されている。最盛期にはシングルリフト2基(430m、220m)とロープトウ(230m)を備え、ナイター施設もあったが、最後の時期にはリフト1本だけになっていたようだ。ゲレンデ面積は16.5ha。

「湯沢の民宿街でも最も安く宿泊できる。スキー場施設も料金は安く、大会等の資材も一式揃って申込次第いつでも利用できる」と同誌にあり、実際、学生サークルなどポール派を中心としたゲレンデだったようだ。経済情勢厳しい今日であれば「安価なスキー場」も売りになったかもしれない。「日本のスキー場・東日本編(1991シーズン)」には最大斜度42度(!)最長滑走距離1,500mと記されている。また、湯沢高原スキー場の最上部、大峰山から芝原峠にくだり、さらにこの白板高原スキー場に滑り込むというツアーコース(約8km)があったようだ。

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(左)リフト乗場付近と尾根からリフト乗場にくだるコースの跡。(右)「スキー天国にいがた」を参考に作図。

山稜を隔てた東側には「神立高原スキー場」があり、かつて最盛期には朝5時半からの早朝スキーが行われていて、1980年代後半に出かけたことがある。その頃は、まだ山を隔てたところに白板高原は営業していたはずであるが、そんなローカルなスキー場に思いを馳せる余裕はなかった。営業開始・終了年月についての正確な資料を見つけていないが、営業終了は1990年頃と思われる。(現地訪問:2009年11月、2010年4月)
ラベル:白板高原

2010年04月16日

小栗山スキー場(新潟県南魚沼市)

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(左)関越道付近から見た小栗山。(右)ゲレンデ下部から見上げる。

魚沼の中心ともいえる街「六日町」。ミナミ・八海山などその街の名を冠するスキー場も多い。その六日町中心街の西側の丘陵地帯に位置した小栗山スキー場。市街地から関越道のガードをくぐり、丘陵地にぶつかって左折した場所にあった。「南魚沼郡誌(1971年3月)」によれば「地元スキーヤー、地元学校のスキー場として早くから利用されていたが、六日町温泉が湧出し温泉街が形成されたので、温泉付きスキー場の発展を期し、新しい施設をもった近代的スキー場として再発足するために地元有志が集まり企画した」とある。地元有力者の支援も受け、施設が急速に整備されたようだ。

西山温泉街に位置し、スキーと温泉が同時に楽しめるスキー場として発展した。しかし「ゲレンデコースが短く狭いので、地元スキーヤーの利用、地元学校のスキー場の域を出ず、土・日曜以外はリフトを運休し、ほとんど賑わいを見せない。すいているスキー場としてPRしているが、現状では今後急速な発展は望めない」と手厳しい評価がなされている。

一方「スキー天国にいがた(1975年12月)」は好意的な紹介をしている。「六日町駅から西に約1km、部落の人たちにより開設されたもので、素朴な雪国の人情そのままがスキー場にあらわれている。ゲレンデはきれいに整地されているので、少ない雪でも安心して滑ることができ、初心者・中級者向け。特に団体講習、あるいは会社、学校等のグループの競技会としては最適なところである。また、家族連れの方々にも大変喜ばれている」と案内されている。1962年(昭和37)の開設で、シングルリフト(300m)1基が設置されていた。営業終了時期についてまだ資料を見つけていないが、1980年頃ではないだろうか。

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(左)ゲレンデ下にある山岳荘。(右)「スキー天国にいがた」を参考に作図。

ゲレンデ下に山岳荘という大学生向けの宿泊施設があり、「厚生省指定 国民保養温泉場 六日町スキー場」と掲出されている。学生などの団体向けのスキー場だったようだ。ゲレンデ下の一軒の前で、ずっとこの土地に住んでいるというお母さんに話を聞けば「できた頃は大変な賑わいで、小学校のスキー教室もここ。でも周辺に大きなスキー場ができて皆そちらに行くようになってしまった」とのこと。見上げるゲレンデにはリフトの痕跡はなく、木が茂り始めていた。やはりコンパクトな感じだった。(現地訪問:2010年4月)
ラベル:小栗山

2010年02月27日

入広瀬中峰スキー場(新潟県魚沼市)

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(左)役場や郵便局、小中学校がある入広瀬の中心街の背後の丘陵斜面にゲレンデが開かれていた。(右)「スキー天国にいがた」を参考に作図。

旧入広瀬村の庁舎(かつての村役場)の裏山のような場所にあった中峰スキー場。同じ新潟県内でも十日町市内に「下条中峰スキー場」があるので、区別するために「入広瀬中峰スキー場」と呼ばれていたようだ。「スキー天国にいがた(1975年12月)」によれば「中峰は日本最古の秘境といわれる奥只見郷の中にあり、雄大な自然と素朴な故郷の香りがいっぱいのスキー場である。スキー場からは越後の名峰浅草岳・守門岳の雄姿を一望にでき、約4万uの広々としたゲレンデは初中級者にぴったりで、ヨチヨチ歩きの子どもから年輩まで、ソリにスキーに楽しめるところである」と紹介されている。

入広瀬駅からは徒歩10分。起伏の少ない平坦なゲレンデで、12月初旬から4月下旬まで滑れるファミリースキー場と案内されている。地元で山菜が多く採れることから、「山菜共和国」を売り物にして、さまざまなイベントを開催した時期もあったらしい。1971年にリフト運行開始。営業休止年月については正確な資料を見つけていないが、1990年代と思われる。

魚沼市街(小出)から国道252号を只見方面に向かう。とはいうものの、この季節、新潟・福島県境の六十里越は冬期閉鎖で通行はできないから、只見まで辿りつくことはできないのだが。地理感があまりない土地であるせいか、ずいぶん山深い場所と感じられる。以前、関越国際大原には滑りに来たことがあるので、通ったことがある道なのだけれど、破間川に沿う谷は次第に狭くなり、雪が降りはじめたせいか何となく心細く感じる。しかし、入広瀬の中心街は思っていたよりも大きな町だった。

入広瀬庁舎(旧村役場)の背後の丘陵にゲレンデらしき雪面が見えたので車で坂道を上り近くまで行って見るものの、道の脇に続く民家と両側にうず高く詰まれた雪がゲレンデ斜面を視界から遮っている。もう少し道を進んだところからは、ゲレンデだった雪原の斜面を見上げることができた。ゲレンデへのアクセスルートもその下に埋もれているようだった。最大斜度25度、最長滑走距離は400m。シングルリフト(270m)1基、その上部にロープトウ(100m)1基。最上部には体育館があったらしいが、ゲレンデ下からは確認できなかった。山菜の季節になったら、登山などとあわせて再訪をはたしたいと思う。村落内のやや離れた場所から見れば、中心街のすぐ背後にあるような立地で、地元の人々を中心に愛されていたであろうゲレンデの姿がしのばれた。(現地訪問:2010年2月)

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(左)ゲレンデ下を通る車道から見上げる。

こちらもご覧ください → 2013年10月22日 入広瀬中峰スキー場(その2)