なかなか遠隔地まで営業中止のスキー場を訪れることができないでいるけれど、昨今営業休止が判明したスキー場は以下の通りと思われる(関東甲信越とその周辺のみ、すでに本ブログで取り上げたものは除く)。
・マウントジーンズ那須(栃木) 2024年3月で営業終了
・グランディ羽鳥湖スキーリゾート(福島) 今シーズン営業休止
・Blue Resort MINOWA(箕輪スキー場・福島) 今シーズン営業の見通し立たず→今シーズンの営業断念
・村上市ぶどうスキー場(新潟) 今シーズンがラストシーズン
あと、先行き不透明なのが、「Mt.乗鞍スノーリゾート」。
クラウドファンディングにより、運営資金のめどが立ったとのことだが、スキー場を運営するのには資金だけあればいいということではないと思うので、今シーズン営業にこぎつけられるか。
→10/30営業継続が決定したとネット上で公表された。
2024年10月28日
2021年01月16日
臨時休業のスキー場
11都府県に緊急事態宣言が出されている中、スキー場関係者の感染も増えている。これを受けて、新たに営業を一時休止したり営業内容を縮小するスキー場がでている。すべてを網羅できないかもしれないけれど、必ずしもコロナが直接の理由とは限らないものも含めて、現時点の休業状況をまとめてみた(関東甲信越・北陸岐阜.エリア限定)。
[群馬]万座温泉スキー場 2/04まで毎週月~木を臨時休業→万座山Gのみ休業
草津温泉スキー場 1/18~当面の間休業 →1/28~再開
[福島]猪苗代リゾートスキー場 今シーズン休業
ファミリースノーパークバンダイ×2 今シーズン休業
[新潟]ガーラ湯沢スキー場 3/01~07臨時休業
苗場スキー場 1/18~2月上旬まで臨時休業→2/08より再開
かぐらスキー場 1/18~2月上旬まで臨時休業→2/08より再開
石打花岡スキー場 今シーズン休業
六日町八海山スキー場 1/13~当面の間、臨時休業→2/27より再開
妙高スキーパーク 今シーズン休業(本ブログ既報)
わかぶな高原スキー場 今シーズン休業(本ブログ既報)
村上市ぶどうスキー場 今シーズン休業(本ブログ既報)
[長野]エコーバレースキー場 今シーズン休業(本ブログ既報)
志賀高原タンネの森 2/07まで金土日のみの営業→再開
志賀高原寺子屋 2/07まで土日のみの営業→再開
[福井]新保ファミリースキー場 今シーズン休業
今庄365スキー場 今シーズン休業
[岐阜]ウィングヒルズ白鳥リゾート 1月下旬まで臨時休業→1/23より再開
飛騨高山スキー場 今シーズン休業
国見岳スキー場 今シーズン休業
その他、一部コースのクローズやリフト営業時間の短縮など、営業内容の縮小は多くのスキー場から発表されている。

(左)飛騨高山スキー場(2017年1月)。(右)石打花岡スキー場(2013年1月)。
スキー場関係者の感染により複数のスキー場が臨時休業に追い込まれることはあまり考えていなかった事態であり、今後どうなっていくのか予断を許さない。また、コロナが収束したとしてもスキー場を巡る状況がどうなっていくのか、懸念される。
[群馬]万座温泉スキー場 2/04まで毎週月~木を臨時休業→万座山Gのみ休業
草津温泉スキー場 1/18~当面の間休業 →1/28~再開
[福島]猪苗代リゾートスキー場 今シーズン休業
ファミリースノーパークバンダイ×2 今シーズン休業
[新潟]ガーラ湯沢スキー場 3/01~07臨時休業
苗場スキー場 1/18~2月上旬まで臨時休業→2/08より再開
かぐらスキー場 1/18~2月上旬まで臨時休業→2/08より再開
石打花岡スキー場 今シーズン休業
六日町八海山スキー場 1/13~当面の間、臨時休業→2/27より再開
妙高スキーパーク 今シーズン休業(本ブログ既報)
わかぶな高原スキー場 今シーズン休業(本ブログ既報)
村上市ぶどうスキー場 今シーズン休業(本ブログ既報)
[長野]エコーバレースキー場 今シーズン休業(本ブログ既報)
志賀高原タンネの森 2/07まで金土日のみの営業→再開
志賀高原寺子屋 2/07まで土日のみの営業→再開
[福井]新保ファミリースキー場 今シーズン休業
今庄365スキー場 今シーズン休業
[岐阜]ウィングヒルズ白鳥リゾート 1月下旬まで臨時休業→1/23より再開
飛騨高山スキー場 今シーズン休業
国見岳スキー場 今シーズン休業
その他、一部コースのクローズやリフト営業時間の短縮など、営業内容の縮小は多くのスキー場から発表されている。
(左)飛騨高山スキー場(2017年1月)。(右)石打花岡スキー場(2013年1月)。
スキー場関係者の感染により複数のスキー場が臨時休業に追い込まれることはあまり考えていなかった事態であり、今後どうなっていくのか予断を許さない。また、コロナが収束したとしてもスキー場を巡る状況がどうなっていくのか、懸念される。
2020年04月20日
1日も営業できなかったスキー場
ここに来て意外と気温が低い日が続き、標高の高いところではまだ滑走可能な状況にあるのだけれど、新型コロナ・ウィルスの緊急事態宣言により営業を終了したスキー場が多い。私自身も自重しているので、廃スキー場のレポートも難しい状況である。そこで、今回は今冬に1日も営業できなかったスキー場をリストアップしてみたいと思う。

(左)わかぶな高原スキー場(2015年3月訪問時)。(右)胎内スキー場(2014年12月訪問時)。
コロナ以前のことを忘れてしまいそうだが、そもそも今冬は記録的な暖冬で積雪が極端に少なかった。そこへコロナの影響が重なり、1日も営業できなかったスキー場もあらわれ、一部は新聞・ニュース報道などでも話題になった。
関東信越・北陸岐阜というエリア限定だが、私が調べた範囲で「今シーズン1日も営業できなかったスキー場」を以下に掲げたいと思う。誤りがあればご指摘をお願いしたい。なお、積雪不足以外の要因で営業休止となったものは除外した。また、ここではキッズパークだけの営業は営業として考えていないので、ご了承いただきたい。
今シーズン1日も営業できなかったスキー場
[新潟県]
村上市ぶどうスキー場
わかぶな高原スキー場
胎内スキー場[来シーズン休止→クラウドファンディングにより営業可能に]
三川・温泉スキー場
長岡市営スキー場
とちおファミリースキー場
高柳ガルルのスキー場
金谷山スキー場
糸魚川シーサイドバレースキー場
[富山県]
となみ夢の平スキー場
[石川県]
七尾コロサスキー場
大倉岳高原スキー場
医王山スキー場
[福井県]
九頭竜スキー場
雁が原スキー場[破産]
新保ファミリースキー場
[岐阜県]
白弓スキー場
荘川高原スキー場
飛騨かわいスキー場
アウトドアイン母袋スキー場
揖斐高原スキー場
国見岳スキー場
[栃木県]
那須温泉ファミリースキー場
エリアとしては日本海側の新潟・北陸のスキー場が目立つ。特に悲惨なのは新潟県下越地方ではないだろうか。あくまでも印象にすぎないが、標高のあまり高くないスキー場が多いような気がする。かつては日本海側は平地であっても豪雪地帯であり、町の裏山程度の場所でも十分すぎる積雪があったのだが。
営業日数が少なくなれば、スキー場としての存続も危ぶまれる。新型コロナ・ウィルスがいつ収束に向かうのか予断を許さないが、温暖化による雪不足によりスキー場というもの自体が今後どうなるのかも懸念される。

(左)三川・温泉スキー場(2014年12月訪問時)。(右)糸魚川シーサイドバレースキー場(2005年3月訪問時)。
(左)わかぶな高原スキー場(2015年3月訪問時)。(右)胎内スキー場(2014年12月訪問時)。
コロナ以前のことを忘れてしまいそうだが、そもそも今冬は記録的な暖冬で積雪が極端に少なかった。そこへコロナの影響が重なり、1日も営業できなかったスキー場もあらわれ、一部は新聞・ニュース報道などでも話題になった。
関東信越・北陸岐阜というエリア限定だが、私が調べた範囲で「今シーズン1日も営業できなかったスキー場」を以下に掲げたいと思う。誤りがあればご指摘をお願いしたい。なお、積雪不足以外の要因で営業休止となったものは除外した。また、ここではキッズパークだけの営業は営業として考えていないので、ご了承いただきたい。
今シーズン1日も営業できなかったスキー場
[新潟県]
村上市ぶどうスキー場
わかぶな高原スキー場
胎内スキー場[来シーズン休止→クラウドファンディングにより営業可能に]
三川・温泉スキー場
長岡市営スキー場
とちおファミリースキー場
高柳ガルルのスキー場
金谷山スキー場
糸魚川シーサイドバレースキー場
[富山県]
となみ夢の平スキー場
[石川県]
七尾コロサスキー場
大倉岳高原スキー場
医王山スキー場
[福井県]
九頭竜スキー場
雁が原スキー場[破産]
新保ファミリースキー場
[岐阜県]
白弓スキー場
荘川高原スキー場
飛騨かわいスキー場
アウトドアイン母袋スキー場
揖斐高原スキー場
国見岳スキー場
[栃木県]
那須温泉ファミリースキー場
エリアとしては日本海側の新潟・北陸のスキー場が目立つ。特に悲惨なのは新潟県下越地方ではないだろうか。あくまでも印象にすぎないが、標高のあまり高くないスキー場が多いような気がする。かつては日本海側は平地であっても豪雪地帯であり、町の裏山程度の場所でも十分すぎる積雪があったのだが。
営業日数が少なくなれば、スキー場としての存続も危ぶまれる。新型コロナ・ウィルスがいつ収束に向かうのか予断を許さないが、温暖化による雪不足によりスキー場というもの自体が今後どうなるのかも懸念される。
(左)三川・温泉スキー場(2014年12月訪問時)。(右)糸魚川シーサイドバレースキー場(2005年3月訪問時)。
2019年10月14日
狭山スキー場[再開←2020シーズン休止](埼玉県所沢市)
(左)ドーム右手奥には狭山スキー場の緑色の屋根が見える。前面は足場などに覆われている。(右)西武第2球場越しに見た狭山スキー場。
狭山スキー場のホームページで「2019-2020シーズン営業休止のお知らせ」が告げられている。「メットライフドームエリア大規模改修工事に伴い、2019-2020シーズンは営業を休止し、フロア内とゲレンデ一部をリニューアルすることになりました。リニューアルオープンは2020年秋を予定しております」
再開するのが確実なので、このブログで取り上げるのもどうかと思うけれど、所用で西武沿線を訪れる機会があったので現地まで足をのばしてみた。西武球団ができて間もないころ、特に西武ファンというわけでもなかったけれど、所沢の奥にできた球場にも興味があって試合を見に行った。東尾が先発で、田淵が4番だったのを憶えている。西武球場前駅に降りるのはそれ以来のことになる。ちなみに訪問時はクライマックスシリーズの開始前である。
現在は、メットライフドームと呼ばれる。エリア全体の大規模改修工事ということなので、駅改札を出るとあちこちで工事が進められているのが見える。ドームの右手奥にある狭山スキー場も前面に足場などが組まれて、工事が進められているようだ。その奥にはスキー場斜面に架けられた緑色の屋根の傾斜が見える。
(左)駐車場入口にはsayamaの文字。(右)左・西武球場前駅。右・メットライフドーム。
「オールスキー場完全ガイド2000」(立風書房)には「リアルタイム造雪システムの室内人工スキー場。雪質はすごく細かいかき氷だが、天然の雪にかなり近い。全長320m、幅30m、標高差32mにリフト2本を備える」と紹介されている。最大斜度15度。ナイターやオールナイト営業もおこなわれている。
屋内ゲレンデとはいうものの、コースの麓や側面には壁がない半開放構造。側面はビニールカーテンで外部と仕切られていて、その外側にリフトがある。このため外気の影響を受けやすく、夏(5~10月頃)は営業をしていない。コース全長320m、コース幅30m。ザウスなどとと比べても規模は小さく、オンシーズンに向けての体慣らしや練習用途としても使われてきた。
最大15度というのは初級コース並みだけれど、屋内のせいか結構急斜面に感じるようだ。屋外スキー場が温暖化などにより営業期間が短くなる傾向なので、狭山がどんなリニューアルをされるのか注目に値すると思う。(現地訪問:2019年9月)
【続報】
2020年11月12日より、2021シーズンの営業を開始した。
新型コロナ・ウィルスについての対策を実施。リフトにかわりスノーエスカレーターを設置して、中間降り場からの滑走が可能に。そり・雪遊び専用エリア「キッズゲレンデ」を新設するなど、リニューアルされている。
2019年07月22日
<番外編>スキーと鉄道輸送
いまはスキー場へ向かう交通手段としては車が大きな割合を占めている。しかしまだ、誰もが自動車を所有しているというのではなかった時代、スキー場アクセスのメインは鉄道やバスだった。私も子どもの頃、父に連れられてスキーに出かけるときは、飯山線や信越線(妙高方面)に乗って行くことがほとんどだった。

中央東線

信越本線

中央西線
長野鉄道管理局「1973年度 スキースケート」という案内書に掲載されていた時刻表(上記)を、保存していた資料の中から見つけた。あらためて当時のスキー鉄道輸送のボリュームを知ることとなった。
東京(新宿・上野)や大阪・名古屋を深夜に出発して、白馬・妙高高原・湯田中・戸狩といったスキー場最寄りの地に早朝に到着する夜行列車が多数運転されていたのがわかる。長野電鉄に乗り入れて湯田中まで直通していた急行「志賀」の存在は記憶にあるが、大阪から戸狩まで直通夜行のDC急行が運転されていたことは、いまとなっては驚きだろう。
その後、バブル期を迎え、スキーバスに対抗すべく登場したのが「シュプール号」だった(1986年~)。渋滞に巻き込まれずに時間通りに現地に到着できることが売りだったと思う。特急車両(座席の快適性を向上させたものもあった)などが使われ、現地でのバス接続や各種サービスも付加されたパック料金が魅力だっだ。
私は職場の仲間と白馬岩岳に出かけるときに一度だけ乗車したことがある(1991年)。下に掲げたのが、そのときのJR東日本の案内書。国鉄が分割民営化されてまだ数年後のことで、スキー人口も多かったので、このような企画を積極的に進めていたと思う。使用されていた車両は、特急「あずさ」と共用の183系か189系ではなかったかと思う。
そのシュプール号もJR西日本の2005年を最後に終焉を迎えた。安価なスキーバスツアーが台頭し、また、自動車の性能向上(雪道走行性能)・道路事情の改善などによりマイカーでスキーに向かう人が増えたこと、さらにはシュプール号のサービス(快適性・速達性)そのものが陳腐化して人気を相対的に下げて行ったと思う。その上、スキー人口自体が減少していく時代になっていた。


中央東線

信越本線

中央西線
長野鉄道管理局「1973年度 スキースケート」という案内書に掲載されていた時刻表(上記)を、保存していた資料の中から見つけた。あらためて当時のスキー鉄道輸送のボリュームを知ることとなった。
東京(新宿・上野)や大阪・名古屋を深夜に出発して、白馬・妙高高原・湯田中・戸狩といったスキー場最寄りの地に早朝に到着する夜行列車が多数運転されていたのがわかる。長野電鉄に乗り入れて湯田中まで直通していた急行「志賀」の存在は記憶にあるが、大阪から戸狩まで直通夜行のDC急行が運転されていたことは、いまとなっては驚きだろう。
その後、バブル期を迎え、スキーバスに対抗すべく登場したのが「シュプール号」だった(1986年~)。渋滞に巻き込まれずに時間通りに現地に到着できることが売りだったと思う。特急車両(座席の快適性を向上させたものもあった)などが使われ、現地でのバス接続や各種サービスも付加されたパック料金が魅力だっだ。
私は職場の仲間と白馬岩岳に出かけるときに一度だけ乗車したことがある(1991年)。下に掲げたのが、そのときのJR東日本の案内書。国鉄が分割民営化されてまだ数年後のことで、スキー人口も多かったので、このような企画を積極的に進めていたと思う。使用されていた車両は、特急「あずさ」と共用の183系か189系ではなかったかと思う。
そのシュプール号もJR西日本の2005年を最後に終焉を迎えた。安価なスキーバスツアーが台頭し、また、自動車の性能向上(雪道走行性能)・道路事情の改善などによりマイカーでスキーに向かう人が増えたこと、さらにはシュプール号のサービス(快適性・速達性)そのものが陳腐化して人気を相対的に下げて行ったと思う。その上、スキー人口自体が減少していく時代になっていた。
