2010年02月20日

中条桂スキー場(新潟県十日町市)[営業中]

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(左)駐車場付近からゲレンデ全体を見上げる。

【追記 2010年4月8日】
まてぃさんからのコメントにより、中条桂は1月には営業していたことがわかりました。営業期間は限られているようですが、営業しているということは本ブログの対象にしては失礼になると思います。とり急ぎ、[営業中]と掲示させていただきます。詳細をご存知の方があれば、情報をお寄せください。

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少なくとも、全国版のスキー場ガイドに載っているのを見たことはない。雪国にはガイドブックにも載らないような、こんなスキー場が多かったのだと思う。規模としてはロープトウが1基あるくらい。ほとんど地区のボランティアで成り立っているような、地元の子どもたちのためのゲレンデ。十日町市周辺にはいくつか見られるが、この中条桂スキー場も地区の力で経営・管理されていたらしい。ただ、地区の事情によって中止・再開が繰り返されたりしているところもあるようだ。
このようなスキー場の減少が、地域の力の低下を示すものではないことを祈りたい。

飯山線魚沼中条駅付近から、東側の丘陵にやや上っていったところに中条桂スキー場があった。現地を訪れてみると、営業をしていない様子なのにアクセス道路とゲレンデ下の駐車場も圧雪され、ゲレンデ下も圧雪車が雪を固めた形跡があった。見上げると西向きの緩やかな一枚バーン。ロープトウの設備がトップに向かって右側にあるが、稼動はしていないし、ゲレンデは圧雪された形跡がない。ゲレンデ下にはトタン葺きの休憩小屋があり、その横には圧雪車が停められている。ゲレンデの背景には里山が広がり、斜面下にはうず高い雪に埋もれた民家が点在していた。

「市報とおかまち(2005年12月10日号)」には「近くて楽しい市内のゲレンデ」のひとつとして、この中条桂スキー場が紹介されている。それによれば、営業は土日祝日のみでロープトウ1日券は大人1,000円、子ども500円。スキーまつりやスラローム大会などのイベントも行われた。市報には、このスキー場で行われていた小中学生の大会の結果が掲載されていて、地域に密着したスキー場だったことがわかる。2008シーズンの滑走や大会の記録をネット上で見たことがあるが、そのあたりが最後の営業シーズンだったようだ。自分が子どもの頃、このくらい小さなスキー場でも心浮き立たせ、夢中で滑ったことを思い出させてくれた。(現地訪問:2010年2月11日)

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(左)休憩用の小屋とその横には圧雪車がとめられている。

2010年01月01日

小千谷スキー場(新潟県小千谷市)

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(左)ゲレンデ下部から見上げる。(右)「スキー天国にいがた」を参考に作図。

小千谷という名には、雪深い越後の小都市を思い起こさせる響きがある。その地名から連想するのは、「小千谷縮(ちぢみ)」と布海苔をつなぎに使った「へぎそば」だろうか。市街は信濃川の左岸(西岸)に開けているが、上越線の駅は東岸にあり中心地から少し離れている。その小千谷駅から、徒歩5分の東側丘陵に開設されていたのが小千谷スキー場。開設は1962年。「'86 SKI GUIDE(山と渓谷社)」には「西斜面に10haのゲレンデ面積。初級者からベテランまで充分楽しめ家族連れ、グループで安心して楽しめるスキー場として人気がある」と記載されている。

また、「スキー天国にいがた(1975年12月)」には、「初心者からベテランまで、家族揃って楽しめる。変化に富んだゲレンデと、リフトで山頂に登れて眼下には信濃川の流れが見渡せる展望のよさで賑わっている」と案内されている。ナイター設備もあり交通の便も良かったため、各種大会が催されていたようだ。いろいろな資料から推測すると1999シーズンを最後に営業をやめたと思われる。小千谷市は2004年の中越地震で震度6強を記録し大きな被害を受けたが、その前に役割を終えていたらしい。なお新潟県スキー連盟の記録によると、同連盟の事務局が一時このスキー場にあったようだ。

上越線小千谷駅。かつては在来線「特急とき」も何本か停車した駅だが、上越新幹線開業後は普通列車だけが停車。普通列車の編成は短いため、長いホームのごく一部しか雪かきがされていないのが寂しさを感じさせる。その小千谷駅の東側の住宅地をつなぐ道から見上げると、リフトの残骸が見て取れた。除雪されていないゲレンデへの坂道をツボ足で登っていけば、ワイヤーをはずされたシングルリフトの鉄塔が残るゲレンデの最下部にたどりつく。

かたわらには、おそらくセンターハウスの役割を果たしていたと思われる木造三角屋根の建物がある。見上げるゲレンデはトップに向かって右に1本、左に2~3本のコースがあったようすがわかる。最大斜度32度、最長滑走距離500m。斜面には一部潅木が生長し始めているようだった。周囲には住宅地が広がり、スキー場に関連する建物などはあまり見あたらない。

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(左)一段下の駐車スペースからリフトの残骸を見上げる。(右)遠景から見たゲレンデ全体。

在来線の鉄道の駅から至近距離にあるゲレンデがかつては多く見られたが、それらには営業をやめているものが多い。地方では新幹線などを除き、鉄道がいまや交通手段の主役ではなくなったことを象徴しているようで、やむをえないことではあるが寂しさを感じさせる。(現地訪問:2009年12月)

2009年12月27日

十日町市民スキー場(新潟県十日町市)

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(左)リフト乗場とその向こう側には広い駐車場。左手にスキーリフトハウス。(右)「スキー天国にいがた」を参考に作図。

十日町は「雪国情緒」という言葉が似合う土地だと思う。雪と織物の町であり、毎年2月中旬に雪まつりを実施していることでも全国的に知られている。まだ越後の平野にたどりつく前の千曲川(信濃川)に沿う山間の町として、北信濃に住む者にとっては親近感のわく土地である。長野からは国道117号や飯山線をたどれば十日町に通ずるが、千曲川の下流に向かうと飯山あたりから積雪が増えていく。路側に積み上げられた雪の量が、この地方の暮らしぶりを感じさせる。

十日町市街から六日町(南魚沼市)に向かう国道253号線を進めば、左手に総合公園となっている丘陵が広がる。国道から一段上ると駐車場があり、その脇にリフトのコンクリート部分が残っている。その横の建物は地図に記されていたスキーリフトハウスだろうか。ここが、1971年(昭和46)に開設された十日町市民スキー場の跡地である。

リフト施設の痕跡などはそのほかには見あたらないが、周辺には何軒か、かつてはスキー客を相手にした店舗か宿泊施設と思われる建物が点在している。見上げるとすぐに稜線に達しそうな斜面ではあるが、そこに300mのシングルリフトが1本。リフト沿いにまっすぐ下る上級コース(最大斜度26度、平均17度)があり、その外側を左に迂回する中級・初級コースがあった。最長滑走距離1km。地元のスキーヤーを育てるなど、この地域のアルペンスキー界にとっては重要な位置づけがあったゲレンデのようだ。1993シーズンを最後に営業を休止した。

「スキー天国にいがた(新潟日報事業社 1975年12月)」によれば、「魚沼・頸城の連山を望み、眼下に信濃川を眺める風光明媚なスキー場で、国道253号沿線の交通の便も良く、初級から中級まで楽しめる。また、ナイター設備も完備しているので、ナイタースキーも充分に楽しめる」とある。十日町市街に近い都市型スキー場という側面もあったようだ。(現地訪問:12月)

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(左)リフト沿いの上級コースの左には、迂回する中級・初級コース。(右)リフト乗場からリフトがのびていた方向を見上げる。