2010年07月16日

平家平スキー場(その1)(岐阜県郡上市)

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(左)ゲレンデ下で倒壊しているロッジの建物。(右)リフト乗場。いくつかの小屋が残っている。

「平家」という名前にまず興味をひかれる。この土地にどのような平家の落人伝説が残っているのだろうか。詳細を調べたいと思いながら、資料を見つけるに至っていない。「'70のスキー 岳人別冊(1969年10月)」には「平家の落人伝承はどこにでもよく転がっている話だが、ここもそのいわれから『平家平』と名づけられている。それだけにいまもなお静寂素朴な風情が色濃く残されている。民宿では家族ぐるみコタツを囲んでの団らんが楽しめる。だが、ゲレンデは単調である。平坦な斜面でリフト沿いを滑り降りる。初心者の練習ゲレンデである。国道156号線が完全舗装されてからは、ぐっと交通の便もよくなった。民泊のスキーヤーにはリフト券1枚をサービスしてくれる」と記載されている。300mのシングルリフトが1本(1回35円)とロープトウ1基(1回10円)があったことも記されている。

国道156号を北に向かえば長良川鉄道の終点・北濃駅を過ぎて間もなく、右折して細い橋で長良川を渡る。車1台がかろうじて渡れる橋だ。そこから道は急坂を駆け上がり、平家平の平地に達するのだが、まず目をひくのは倒壊しているロッジの建物。宿泊施設や食堂など、何棟かの建物が廃屋状態となっている。

なだらかに広がる北西向の斜面には樹々が茂りはじめている。斜面の向かって左側には、赤錆びたシングルリフトの施設と、リフト乗場の小屋・切符売場、さらにスキー用具が置かれたままのレンタルスキー小屋などが廃屋と化している。シングルリフトは椅子は取り除かれているものの、鉄柱やワイヤーはそのまま残り、ゲレンデ上部を目指している。動力機もそのままの状態で錆びついているようだった。リフトは1本だったという情報が多いから、最後はこのリフト1本だったと思われる。ただこのリフトには「平家平第2リフト」と表示があるから、第1リフトがゲレンデ右手あたりにあった時期もあるのだろうか。

現時点までに入手している資料では、営業開始・終了の年月ははっきりしない。ただ、リフト乗場の小屋には、1992年5月を示すカレンダーが貼られたままになっていたから、1992シーズンあたりが最終営業年ではなかったかと思われる。赤く錆びたリフト施設や潰れたロッジは、かつての賑わいに思いを馳せさせ、現実の物悲しさをいっそう助長させているようだ。(現地訪問:2010年5月)

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(左)ゲレンデ全体を見上げる。

【追加 2011年4月22日】
KUMAさんから平家平スキー場のリフト券の画像をお送りいただきましたので紹介します。

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こちらもご覧ください → 「平家平スキー場(その2)」

2010年06月24日

油坂スキーパーク(岐阜県郡上市)

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(左)「油坂さくらパーク」下部からゲレンデを見上げる。(右)「'70のスキー」ほかを参考に作図。

岐阜県と福井県の県境にある油坂峠。両白山地の南端近くを越えている。20年以上昔に越美南線(現・長良川鉄道)と越美北線のローカル線の旅に出たときに、この間(美濃白鳥~九頭竜湖)をバスで乗り継いだ。そのバスは思っていた以上に、ずいぶんと山深いところを走ったのが印象に残っている。そんな油坂峠の岐阜県側にあったのが油坂スキーパーク(油坂スキー場)。いろいろな資料を見て興味を持ったのが、国道158号がゲレンデの真ん中を横切っているという点。まさか、平面交差しているはずはないから、おそらくは国道がトンネル状になって、その上をゲレンデが越えているのだろうと考えていた。

「'70のスキー 岳人別冊(1969年10月)」には「奥美濃のスキー場はおしなべて小さいものが多いが、その中でも大きい部類に入るのがこのスキー場である。ゲレンデは第1リフトのある下側が初中級向き、第2リフトのある上側が上級者用となっている。第3リフトに乗ってこの2つのゲレンデをつないで滑れば、奥美濃一のロングコースとなる。ここでは岐阜県の大会も開かれている。小柄ながら中級者のウェーデルン・パラレルの練習にはこと欠かない。(中略)雪質は山深いところなので粉雪が期待できると思っていくと失望する。この越前との国境の山々を越えればその向こうは日本海であるため上越と同じ湿雪」と記載されている。

また、「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」によれば「岐阜県ではもっとも老舗のスキー場。長良川鉄道と並行して走るR156越前街道から分かれるR158がゲレンデの真ん中を突っ切る。クルマが便利。初級向きが80%。ナイター、スクール、レンタルあり」と案内されている。最長滑走距離1,000m。かつては平日でもナイターを行うほどの集客だったらしい。正確な資料を見つけていないが、2004シーズンを最後に閉鎖されたと思われる。

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(左)ゲレンデが国道の上をまたいでいる部分を、上部から見る。国道に落ちないよう(?)金網が張られている。(右)国道をまたぐ箇所より上部。

東海北陸道の白鳥ICから福井方面へ、わずかな区間だけ完成している中部縦貫道を白鳥西ICで降りる。出口の案内板は様々な観光地やスキー場を示しているが、左折「油坂スキーパーク」の文字は消されながらもうっすらと読み取れる。国道158号は大きくカーブを切りながら高度をかせいで、やがて「油坂さくらパーク」の看板のあるかつてのゲレンデ下に出る。跡地にはキャンプ場や釣堀などのあるレジャー施設が、2008年に完成している。斜面には、リフトなどスキー場の施設の痕跡は見つけることができなかった。

初級80%とはいうものの、ゲレンデ下から見上げれるとけっこうな傾斜を持った斜面に見える。国道との交差は2箇所あり、国道が半トンネル状になりその上を幅20~30mほどのゲレンデがまたいでいる。ゲレンデの両側には金網が張られていた。国道よりも上部にもゲレンデが広がっているが、最後の頃はペアリフト1基だけになっていたようだ。さくらパークの名のとおり、ゲレンデ一帯には桜が植えられている。上部からゲレンデを見おろせば、山中に引き回された道路をパノラマのように見わたすことができた。(現地訪問:2010年5月)

2010年05月04日

春日長者平スキー場(岐阜県揖斐川町)

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(左)左端にある第2リフトからゲレンデを見上げる。(右)少し上った場所から、左に第1リフト乗場の痕跡、その下に食堂とスキーハウス、右奥に第2リフト乗場が見える。

大垣市街の北西の山中で、伊吹山の裏側といった程度の地理的な感覚しかなかった。全体が山間地である旧春日村。揖斐川町の中心部で国道417号から県道32号に入り、粕川の流れを遡れば谷は狭く急峻になって、道や集落は斜面にへばりついているかのようだ。伊吹山の薬草を使った「薬草風呂」の看板も見られる。さらにその支流の表川に沿って道は上っていく。途中、左に国見岳スキー場への道を分け、美束の集落を過ぎ、やや谷が開けた場所に東向き斜面の春日長者平スキー場はあった。

岐阜・大垣方面からは便利なスキー場だったと思われるが、2008年3月の新聞報道では、春日長者平スキー場の経営会社が岐阜地裁大垣支部へ自己破産を申請し、手続きが開始されたと報じられている。同シーズンには雪不足でほぼ閉鎖されたままだったようだ。

「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」によれば、「貝月山の東山麓、伊吹山の真北にあり、コブ斜面や38度の壁など、中上級向き。月水金土は22時までナイター。託児所9~16時2500円+200円。コブ斜面:一本杉コース。ペア1基、シングル2基。近くに温泉『長者の里』『もりもり村薬草風呂』がある」と紹介されている。あまり雪が多い場所とも思えなかったが、「東海道新幹線は関ヶ原付近の雪の影響で遅延」というニュースが聞かれるくらいだから、それなりの積雪地域であるのだろうと思い返した。

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(左)少し上った場所にあった第3リフト。

数箇所の駐車場までは車を乗り入れることがいまもできる。ゲレンデ最下部には、チケット売場・スキー教室・レンタルスキーの入ったスキーハウスと、食堂を兼ねたロッジの建物がやや荒果てながら残っている。レンタルスキーは今も整然と並べられひと待ち顔だし、食堂のメニューは掲示されたままだ。ゲレンデを見やると、いきなり急な正面ゲレンデが目に飛び込んでくる。左手の第2リフトは椅子だけはずされた状態で残されているが、右手の第一リフトは少し前に既に撤去されていたらしく、コンクリートの基礎部分だけが残されている。一段上った所からの第3ペアも椅子以外はそのまま残っている。全体に上中級斜面が多いようで、積雪が十分なら楽しめそうな斜面だ。(現地訪問:2010年5月)