2009年12月06日

土樽スキー場(新潟県湯沢町)

上越線の清水トンネルを抜けたところにある土樽駅。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」と川端康成が「雪国」で書いた、その信号所とは土樽駅にあたるのだろう。その土樽駅の駅前(駅裏?)にあったのが土樽スキー場。

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(左)土樽駅前。上部後方に土樽山荘の建物が見える。(右)土樽駅下りホームからのゲレンデへの入口。以前は案内板があったらしい。中線2本を含め4本あった線路が2本になったため側線だった部分に新しいホームが設けられている。右手の斜面には以前、ロープトウがあったらしい。

「南魚沼郡誌 続編 上巻(1971年3月)」によれば、谷川岳の名ガイドでヒゲの大将と呼ばれた冒険家・高波吾策が、1941年(昭和16)に冬はスキー夏は谷川岳登山の基地として土樽山荘を建設したのがはじまり。上越線開通(1931年)直後からわずかながら日帰りスキー客があったが、山荘の建設により宿泊スキー客も加わって、昭和16年から18年頃までは連日500~800人の賑わいがあった。その後、中里スキー場の開発により日帰り客のほとんどはそちらに吸収されていったということだ。最後には西武グループの傘下となったが、一連の西武系のスキー場廃止の中で2005シーズンを最後に営業を中止した。

以前からスキー場ガイドには「ゲレンデに車の乗り入れは不可」とわざわざ記載があった。いくらでも駐車する方法などあるだろうにと思っていたのだが。すでにリフト施設などが撤去されたゲレンデ下に立つのが土樽山荘であり、その前に若干の駐車場があるが宿泊者向けなのだろう。その他に駐車できる場所は土樽駅前だが、駅の裏側にあるゲレンデまで一般道を歩くとかなり大回りしなければならない。

その場合、土樽駅の改札口を通り駅構内の誇線橋を渡り下りホームに出てからゲレンデにたどり着くというルートをとっていたようだ。以前はそのルートを示す掲示が駅構内にもあったらしいが、いまは撤去されている。昔のスキー場ガイドには「上越線土樽駅前にあり、鉄道利用者に便利」と書かれているが、しばらく前からこの区間を走る列車は日に5本となり、スキーに使うのには厳しいダイヤとなっていた。列車を使った方が下りホームからすぐにゲレンデに入れるのだが。

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(左)土樽山荘の前から見上げたメインゲレンデ。

駅ホームからゲレンデに入った場所に、古くはロープトウ(100m)が設置されていたらしい。その上にシングルリフト1本(400m)があった。2000シーズンのスキー場ガイド(立風書房)には「初級・中級者向けコース2本。ファミリー向け、ナイターなし。スキースクールが充実していて、バラエティのあるカリキュラムでみっちり練習を」と書かれている。

土樽駅のすぐ下には関越道が走っている。関越トンネル開通当初、まだ対面通行だった頃、帰路に関越トンネル入口の大渋滞に苛立ちながら、いつ東京にたどり着くかもわからない車を運転していたのはこのあたりだったのだろう。(現地訪問:2009年11月)
posted by 急行野沢 at 01:00
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