2010年01月16日

妙高パインバレースキー場(その1) (新潟県妙高市)

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(左)「アパリゾート」への案内看板。(右)メインゲレンデへのアプローチ道路から。

何年か前から妙高付近の国道18号沿いに、あの女社長の看板が目立つようになった。例の耐震偽装問題の報道で女社長の顔が全国に知られたホテル・マンショングループが、2005年に妙高パインバレーを買収。「アパリゾート妙高パインバレー」として再出発した。ホテル・ゴルフ場などもあわせて買収したのだが、2010シーズンからはスキー場の営業から撤退することが昨年夏に発表された。「スキー人口の減少により、事業を維持することができなくなった」としている。2005年度25,000人だった入込客数は2008年度には22,000人に減少したという。妙高市長は「スキー場は冬季観光の目玉であり、撤退は痛い」というコメントを出している。ホテルとゴルフ場は引き続き営業を継続している。妙高付近の他のスキー場とは一線を画したリゾート的な雰囲気を持っていたが、それでも必ずしもプラスには働かなかったようだ。

妙高パインバレーはバブル期の1988年にオープン。当初からホテル・リゾートマンション・ゴルフ場も備えた総合リゾート施設として計画されていた。最盛期にはゴンドラ1基・ペアリフト3基の規模を誇っていた。最大斜度30度、最長滑走距離2000m。緩中斜面が多いため、家族向けゲレンデとして親しまれていた。北斜面にあり積雪や雪質には問題なかったはずだ。キッズパークもあり、子どもを連れて行くには安心できるスキー場だったと思うけれど、がんがん滑りたい向きにはちょっともの足りないスキー場だったのかもしれない。私は2001年の正月休みに出かけたが、そのときは正月休みだったからかそこそこ混みあっていたと記憶している。ホテル前まで滑り込めるようではあったが、少し離れていて便利とはいい難いと感じた。

長野から国道18号で妙高山麓を過ぎ、少し北へ下りはじめたところに関山の交差点がある。西へ入れば関・燕方面だが、東へ曲がるのは少々違和感がある。しかし「アパリゾート」の看板を見ながら道をたどれば、かたわらに何棟かのホテル群を見ながらスキー場直下まで導かれる。ゴンドラ・リフト・センターハウスなどの施設はまだ現役そのままで、ふかふかの新雪に埋もれている。圧雪さえ行えば(新雪フリークにはこのままでも)快適に滑れそうな斜面。右手を見ると、端正な姿の妙高山が白く輝いていた。(現地訪問:2010年1月)

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(左)メインゲレンデ下部から見上げる。

こちらもご覧ください→「妙高パインバレースキー場(その2)」
posted by 急行野沢 at 02:00
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