2010年05月18日

原山市民スキー場(岐阜県高山市)

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(左)駐車場にはまだ「スキー場」の文字が残る。跡地は市民公園として整備された。(右)遊具や芝すべりなども備えられた。

全国規模の企業では、山深い高山支社への異動は左遷を意味すると聞いたことがある。しかし今日では飛騨の小京都とも称され、高山祭などを中心とした観光都市として脚光を浴びる面のほうが多いと思う。以前、岐阜県の森林資源について調べていたとき「岐阜県で1番人口が多いのはもちろん岐阜市だが、昔は2番目は林業が盛んな高山だった」という話を聞いたことがある。真偽のほどを確かめていないが、石化エネルギーや化学物質が普及する以前の木材資源の重要性や、各地域ごとに産業や文化が繁栄していたことを示す話だと思う。

高山駅から西に3kmほどの距離にある市民スキー場。それが、原山市民スキー場だった。現地を訪れてみるとリフトなどスキー場施設は綺麗に撤去され、市民公園として生まれ変わっていた。遊具やそり遊びを連想させる芝すべりなども備えられている。おりしも5月の晴天の休日。サクラも満開で、家族連れが思い思いに楽しんでいた。斜面は全体になだらかな印象を受けた。

原山市民スキー場は1920年(大正9)創業で、1963年にリフトが設置された。2008シーズンを最後に営業休止。かつては高山市民のメインスキー場で、いつも大混雑していたという。運営会社によると「暖冬などによる雪不足で利用客が激減し、累積赤字解消の見込みがなくなった」とのことだ。

「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」には「高山市のシティゲレンデ。市街地から気軽に行ける便利さが地元のスキーヤーに好評。コースも一部を除き、すべて初中級向き。ソリ専用ゲレンデもあり、近隣からの家族連れでにぎわう。初級75%、中級25%。リフト ペア1基、シングル1基」と記載されている。市民生活に密着していたこのようなスキー場がなくなっていくのは、寂しいと思う。(現地訪問:2010年5月)

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(左)ゲレンデ中腹から見おろす。市街地に隣接したスキー場だったことがわかる。(右)「オールスキー場完全ガイド2000」を参考に作図。
 
posted by 急行野沢 at 01:00
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