2012年07月28日

揖斐高原スキー場貝月ゲレンデ(岐阜県揖斐川町)

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(左)ゲレンデ入口の案内板。「貝月スキー場」と書かれた部分が破損している。(右)栃の実荘前の駐車場から見た貝月ゲレンデ。

以前、本ブログで坂内ゲレンデの廃止について取り上げた。その坂内ゲレンデのコメント欄に寄せられたとおり、2009シーズンから貝月ゲレンデも営業をやめていることがわかった。現在は日坂ゲレンデのリフト2本を残すだけの営業となっている。

貝月ゲレンデは揖斐高原の3つのゲレンデ(貝月・日坂・坂内)の中では、一番手前に位置していた。栃の実荘という立派なレストハウスもあり、一番取り付きやすいのかと思っていたが、最下部なので積雪にも問題があったのかもしれない。

「久瀬村誌(昭和48年3月)」によれば、「揖斐高原スキー場は(中略)昭和38年12月、大垣市に本社を持つ揖斐高原観光開発株式会社(社長・久世弥平)により開設された。積雪も1.5m~3.5mと多く、高度が大で積雪が粉雪でよいし、ゲレンデは広大で、上中初級向の各斜面があるなど、スキー場としての自然条件は良好である」と説明されていて、往時は環境に恵まれたゲレンデと認識されていたようだ。

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(左)貝月第2リフト乗場から見上げたゲレンデ。(右)貝月第1リフトとゲレンデ。

久しぶりに揖斐川町の中心部から揖斐高原を目指す。長い久瀬トンネルを過ぎてしばらく行ったところにある国道303号からの分岐部には、まだ貝月・日坂の文字が併記されている。その先、山間の道を経てたどり着いたゲレンデ入口には、さまざまな案内看板が立てられているが、貝月リゾートの案内板の一部を構成している「貝月スキー場」の部分が破損しているのが寂しさを感じさせる。

アクセス道路を進むと貝月ゲレンデの下、栃の実荘前の広い駐車場に導かれる。リフト施設はそのまま残されているが、チェアは取り外され、一部は仮小屋のようなものの中にしまわれてしまっている。周囲にはコテージなども散在していて、冬期以外のリゾート施設としては利用されているようだ。

再び「久瀬村誌」から引用すると「夜間照明もあって、土曜・日曜や祝祭日には夜のスキーも楽しめる。積雪の状況によって、12月初めからスキー可能の年もあるが、普通の年では12月20日にスキー場開きが行われる。スキー客の多いのは1月と2月で、昭和42年発行の岐阜県の観光によるとスキー客76,600人のうち、1月31,200人、2月37,600人となっていて、大部分のスキー客はこの2ヶ月に集中しているし、交通至便な位置にあるため、マイカー族による日帰りスキー客が大部分であるのが特色となっている」と記載されている。

この記載は揖斐高原スキー場全体を指した話であるが、交通至便のスキー場としてナイターまで賑わいを見せていた当時の様子を感じることができる。(現地訪問:2012年6月)

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(左)栃の実荘前にあった案内板には、貝月・日坂両ゲレンデのリフトがまだ記載されていた。(右)営業を続けている日坂ゲレンデ。
posted by 急行野沢 at 01:00
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