2013年01月01日

新穂高ロープウェイスキー場(岐阜県高山市)

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(左)冬期、鍋平高原への入口ゲートはクローズされている。前方は鍋平ゲレンデ最下部にあった白樺レストハウス。

新穂高ロープウェイスキー場は、他の一般的なスキー場とは一線を画す存在だったと思う。山岳スキーの色彩の強いスキー場はいろいろあるが、北アルプスの稜線といってもよい地点がゲレンデトップという迫力。正面に笠ヶ岳、右手に槍穂高の素晴らしい景観。スキー場廃業後もロープウェイはフルシーズン稼動していて、この景観を見るために観光客が冬場にも訪れる。スキーコースはロープウェイ山頂駅(西穂高口駅)から狭い尾根をくだる、逃げ場のない上級コース(パノラマコース)に最大の特色があった。一方、中間部から下にはリフトも設けられ、特に最下部の鍋平ゲレンデは平均12度の緩斜面だった。

「オールスキー場完全ガイド2000(立風書房)」の記載では「標高2,156mの西穂高山頂(注:厳密には山頂ではない)から標高1,308mの鍋平までに広がる山岳色豊かなスキー場。西穂高の尾根に展開する全6kmのコースは、幅15mほどの蟻の渡り、ウサギの逃げ道、腰までつかる深雪、アイスバーンと迫力満点の山岳滑走が楽しめる。ベースの新穂高温泉は川岸の露天風呂がいくつもある人気観光地」と紹介されている。

このスキー場をレポートするには、西穂登山とあわせてがよいと考えて数年が経過してしまった。くずぐずしていても仕方ないので、平地にも雪がちらつきはじめた12月初旬に現地を訪ねた。夏期には第2ロープウェイ白樺平駅下の駐車場まで車を入れることができるが、積雪期に入り鍋平高原入口のゲートは閉ざされている。近くに車を置いて鍋平ゲレンデから歩いていく。すぐにあらわれる白樺レストハウス左手に第3リフトの乗場があったはずだが、痕跡は残っていない。そのほか各リフト施設の跡はすっかり撤去されているようだ。レストハウス前からは尾根に向かって第5リフトの切り開きの跡がはっきりわかった。

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(左)白樺レストハウスの前から認められた第5リフトの跡。(右)鍋平ゲレンデの跡は整地されて駐車場になっている。

駐車場として整備されてしまった鍋平ゲレンデを歩いていくと、ビジターセンターや温泉施設があらわれ、第2ロープウェイの白樺平駅に至る。この日も多くの観光客がロープウェイに乗り込んでいた。ロープウェイの右側には第1リフトの切り開きの跡が残っている。そのリフト乗場があったと思われる場所に立って振り返ると、白樺平駅の向こうに新雪の笠ヶ岳が輝いていた。

このスキー場は1973年に営業開始、多くのファンに惜しまれながら2003年3月に廃業となった。2002年10月の新聞報道によれば、「名鉄グループの奥飛観光開発(本社高山市、東匡弘社長)は24日までに、吉城郡上宝村新穂高で経営する新穂高ロープウェイスキー場を、今シーズンを最後に閉鎖することを決めた。リゾート型の大型スキー場とは一線を画し、野趣あふれるコース、ゲレンデが愛好者の人気を集めてきたが、減り続ける入場者で赤字が膨らみ、幕を閉じることとなった。(中略)入場者数は92年の6万人をピークに減り続けた。昨シーズンからはスノーボードの全面滑走可能やクロスカントリーの冬山ガイドツアーを始めたが、入場者は10,817人と微増にとどまった。維持管理費で経費がかさみ、92年から10年間の累積赤字は1億円を超えた。(後略)」ということであった。

いまも廃業にあたっての支配人からのあいさつ文をWEB上で見ることができる(http://www.okuhi.jp/Rops/FRTOPNEW.html)。
野趣あふれるコースは時代の流れにあわなくなっていたのかもしれない。そう思うとなんだか寂しい気がする。(現地訪問:2012年12月)

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(左)第2ロープウェイの右側には、第1リフトの跡。(右)第1リフト乗場付近から白樺平駅の背後に新雪の笠ヶ岳。

こちらもご覧ください → 2013年10月04日 新穂高ロープウェイスキー場(その2)
posted by 急行野沢 at 01:00
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